六価クロム問題で注目すべき
安心・安全に関わる技術やノウハウ

 確かに、六価クロムは欧米でも日本でも法で禁止されているものではないが、日本の自動車産業においては当たり前のように使用が自粛されている物質である。その影響が軽微ではないのは、BYDのEVバスを採用している全国のバス事業者がBYD製バスの運行を中止したり、3月にBYDからEVバスをOEM調達する予定であった日野自動車が予定を中断したりしたことなどからもうかがえる。

 日本自動車工業会という業界団体も民間企業の集まった組織であり、企業として経済的にメリットがないことはしたくはないはずだ。それにもかかわらず、自主規制を決めるというのは、六価クロムの使用が市場や環境に及ぼす影響が軽視できないと考えるからであり、それには自動車産業で長くビジネスの経験を積んできた日本の自動車産業のノウハウと知恵が反映されている。

 内燃機関とEVは確かに異なる技術であり、非連続なイノベーションによって、既存のメーカーが新規参入企業に負かされる危険性はある。しかし先も述べたように、パワートレインにかかわる技術やノウハウだけが自動車を作る能力ではなく、そこには安心・安全に関与した技術やノウハウという能力の積み重ねがあるはずだ。

 自動車産業とエレクトロニクス産業の決定的な違いは、コアとなる基幹技術の非連続な変化が頻繁に起きるか否かだと言える。自動車はこの100年間、ガソリンやディーゼルを燃料とした内燃機関という基本技術は変わらず、その技術を磨き上げるように連続的に変化してきた。

 一方で、エレクトロニクス産業は頻繁に技術の非連続な変化が起こる。音楽でいえば、蓄音機がテープレコーダーになり、コンパクトカセット、CD、MD、MP3、ストリーミングと短い期間に大きく非連続な技術の変化が起きてきたようなエレクトロニクス産業は、新たな技術の市場への提案が顧客価値となってきたし、非連続な変化の流れの中では、既存メーカーが非連続な変化に対応できずに、新規参入企業に取って代わられる歴史も繰り返されてきた。