「いつもの自分」だからこそ
あきらめる勇気が湧く
それとは別に、競馬が始まる前に「あ、今日はマズいな」と思う日もあります。
たとえば、調整ルームのお風呂から出ると、バスタオルが積んで何列か並べられているのですが、そのうちの1枚を迷わず瞬時に手に取る日もあれば、どれを取るか一瞬迷う日もあるのです。
不思議なもので、どれを取るか迷った日は、レースでも道に迷うことが多い。手が迷った時点で、「正しく直感が働いていない」ということなのでしょう。
そういう日は、「今日の俺は普段よりも判断能力が鈍っている」という自覚を持ってレースに臨みます。
本能に判断を委ねるのではなく、いつもより一歩手前で考えて、判断をする。どんなに自分を一定に保とうとしても、人間ですから、やはり揺らぎはあります。
だからこそ、それを敏感に感じ取って、調整することも大事だと思っています。
とはいえ、そもそも走るのは馬ですから、「ジョッキーにスランプなんてない」というのが僕の基本的な考えです。
なぜか思うような競馬ができないことが続くのであれば、それは単純に技術不足。たとえば、自分の気持ちをコントロールできずに判断ミスを繰り返したとしても、それはスランプではなく、技術不足、経験不足ゆえだと僕は思います。
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川田将雅 著
ジョッキーは、積み重ねからなる技術職。急に下手にはならないし、急に上手くなることもありません。
人間ですから、誰もがたまにはミスをするけれど、トップジョッキーと言われる人たちが判断ミスをし続けることはありません。メンタルを含めての技術だと僕は思いますし、流れが悪くてもジタバタせずに、
「今日はこういう日だ」と受け入れてあきらめる、または自分で微調整をする──。
「普段からやるべきことはすべてやっている」という自負さえあれば、そうやってあきらめる勇気が自然と湧いてくるはずです。