日本で起きた
“違法な”技術流出例

(1)諜報活動による技術流出(ロシア/通信事業)

 2020年1月、警視庁公安部は、ソフトバンク元社員の男を不正競争防止法違反で逮捕した。同社員は、勤務していたソフトバンクの社内サーバーに不正にアクセスし、同社の電話基地局設置に関する情報などを、在日ロシア通商代表部のカリニン元代表代理に渡した。カリニンは対外情報庁(SVR)の科学技術に関する情報収集を担うチーム「ラインX」の一員であった。

 また、2022年7月、在日ロシア通商代表部の男性職員が、国内の複数の半導体関連企業の社員らに接触しているとして、警視庁公安部が企業側に注意喚起を行った。

 これら典型的なスパイによる事件について、我が国にはスパイ防止法がなく、スパイ行為自体を取り締まる法的根拠がない上、捜査機関としては、法定刑がさほど重くない窃盗や不正競争防止法などの犯罪の適用を駆使し、さらに構成要件を満たして容疑が固まった上で検挙しなければならない。

 ソフトバンク事件は、ロシア諜報員によるスパイ活動の典型例である。日本の外事警察の底力を見せつけて何とか立件できたが、諜報事件の性質(立件の難しさ・機微性)から事件化できるものは非常に限られている。

 また中国についても過去には、積水化学の社員が、LinkdinというSNSで接触してきた中国企業関係者に液晶技術に関する情報を漏洩(ろうえい)したことで、不正競争防止法違反で検挙されているが、このような産業スパイ事案は後を絶たない。

 私が民間の世界に出て見えてきた諜報事案は想像以上に多い。

(2)転職時の情報流出(中国/防衛関係情報)

 この事案は、A社から「防衛関係の情報が転職先に持ち出された可能性があるので調べてほしい」と不正調査依頼を受け、事実解明を行ったものである。

 この件では、対象者への貸与品(PCやスマートフォンなど)は「デジタル・フォレンジック」という技術で内容を復元・解析し、さらに対象者の行動について外部ベンダーを利用して交友関係、特に転職先に持ち出した事実などを調査した。

 ところが、SNS解析を含む広範な調査を進める上で、さまざまな点で中国共産党の人間(中国国営メディアとも関係が深いX氏)との関係が浮上し、対象者が持ち出した防衛関係の情報が、その後、複数の人を経由してX氏に渡った可能性が浮上した。これは、X氏の国で主として使用されているSNS解析や現地法人情報による関連人物の洗い出し、さらに現地の協力者からの情報などのルートをたどった結果である。

 このように、単なる転職時の情報持ち出しにおいても、背後には中国の影が潜む場合がある。