「仁徳天皇」の名前を聞いたことがある人は多いだろう。歴史の教科書にも載っている日本最大の古墳、大山古墳(大阪府堺市)に眠っているとされる人物だ。だが、その功績はあまり知られていない。近畿地方の歴史をひもとくと、実は仁徳天皇は「大阪の礎を築いた」といえるほど、町の造成やインフラづくりに貢献していたことが分かる。古事記や日本書紀などの記述を踏まえながら、仁徳天皇の知られざる功績に迫る。(作家 黒田 涼)
大山古墳に眠る仁徳天皇
その知られざる功績とは?
古代の天皇ではトップクラスの知名度を持つ仁徳天皇だが、何をした天皇だかご存じの方はどれだけいるだろうか。詳しい方でも「民のかまどの煙」の逸話ぐらいしかご存じないのではなかろうか。
仁徳天皇は即位後、民家のかまどから煙が出ていないことに気づき、「民衆は食事を準備できないほど貧しいのか」と考えた。そして3年間は税金の徴収をやめたところ、民家のかまどから煙が出るようになったというエピソードである。
これが事実であれば、なんとも器の大きな人物である。だが筆者は、仁徳天皇の最大の功績は、現在の大阪の基礎を築いたことだと考える。さて何のことか。
もう少し古い時代にさかのぼりながら、そういえる要因を解説していこう。