「1日3食では、どうしても糖質オーバーになる」「やせるためには糖質制限が必要」…。しかし、本当にそうなのか? 自己流の糖質制限でかえって健康を害する人が増えている。若くて健康体の人であれば、糖質を気にしすぎる必要はない。むしろ健康のためには適度な脂肪が必要であるなど、健康の新常識を提案する『ケトン食の名医が教える 糖質制限はやらなくていい』(萩原圭祐著、ダイヤモンド社)。同書から一部抜粋・加筆してお届けしている本連載。読者からは「こんなの知らなかった」「エビデンスにもとづいているので信頼できる」「ケトン体とは何かがよくわかった」「健康のためには食事が重要であることが理解できた」などの声が多数寄せられている。前回に続いて今回も、秋田大学大学院系研究科教授で腫瘍内科医の柴田浩行先生に本書の感想やおすすめポイントなどについて話を聞いた。

【名医が教える】ノーベル生理学・医学賞を受賞した画期的新薬の源となった、ある伝統的な植物とは?Photo: Adobe Stock

――先生が作られた漫画『カレー物語』(http://vss19.med.akita-u.ac.jp/~medonco/files/curry-stories.pdf)を読ませていただきました。胃がんに効くかもしれないというクルクミンの研究は、今どういうところまで来ているのですか。

柴田浩行(以下、柴田) カレーなどに入っているターメリックという黄色いスパイスの中にクルクミン(ポリフェノール化合物)は含まれます。これは化合物なので化学式で記載できます。その構造のどこの部分を残して、どこの部分を変えたら、もっと活性が強くなるかということを、いろいろと試行錯誤しているところです。

 まだまだ検討・開発中という段階ですが、クルクミンという化合物は、世の中の人には結構支持されていて、マニアのようなクルクミン好きはたくさんいます。インターネットを調べればいろいろと出てきます。カレーの黄色い色を出す色素なのですが、全く辛くないのですよ。ちょっと苦くて土臭い味です。これがインドなどで健康食品として長く支持されているのです。でも、どの構造がどこに効くのか、まだよくわからない所もあって、科学者にはあまり好まれていないのです。

――インドでは健康食品として親しまれているのですね。

柴田 こんな土臭くて、単体ではけっして美味しくないものを、どうしてみんな好んで摂取しているのか。それなりの薬効があって、良いと思う人たちがいるから何千年も伝統的な医薬品として民衆に支えられているのでしょう。これも一つのエビデンスだと思います。そうでなかったら、こんなものはとっくの昔に捨てられているはずですよ。これだけ支持されているというところに、なにか不思議な魅力があると思っています。我々は西洋医学を学んでいて、どちらかと言えば西洋医学を万能だと思っているところがあります。インドとか漢方の伝承薬を呪術的なものだと思っている人は少なくないでしょう。

【名医が教える】ノーベル生理学・医学賞を受賞した画期的新薬の源となった、ある伝統的な植物とは?柴田浩行(しばた・ひろゆき)
秋田大学大学院医学系研究科 腫瘍内科学 教授
1962年生まれ。愛知県名古屋市出身。1987年3月東北大学医学部卒業。1987年6月仙台厚生病院消化器科・診療医、1991年 3月東北大学大学院医学研究科博士課程修了(医学博士)、1991年10月癌研究所細胞生物部研究生、1992年 4月癌研究所細胞生物部研究員、1996年 4月東北大学加齢医学研究所化学療法科・医員、1996年 5月東北大学加齢医学研究所癌化学療法研究分野・助手、2003年10月東北大学医学部腫瘍内科講師・医局長、2007年 6月東北大学病院腫瘍内科副科長、2007年 7月東北大学加齢医学研究所癌化学療法研究分野・准教授、2008年 7月東北大学病院がん診療相談室室長を兼務、2009年 2月秋田大学医学部臨床腫瘍学講座教授、2009年 4月秋田大学医学部付属病院化学療法部部長・腫瘍内科長を兼務。2021年4月 秋田大学・先進ヘルスケア工学院・教授を兼務、2022年4月 秋田大学・大学院医学系研究科・地域がん医療学講座・教授を兼務。
2021年に柴田教授らのグループは、クルクミンに似た物質であるGO-Y030という新規化合物が腫瘍を抑制するメカニズムがあることを解明。現在、腫瘍免疫療法の効果を向上させるための研究が進められている。

――たしかに、そうかもしれないですね。

柴田 中国の研究者で屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)という人が2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。マラリアの新薬であるアルテミシニンを開発した功績が評価されたのです。でも、その原型はクソニンジンという名前の漢方薬にあったのです。元々は漢方薬で使われていたものにヒントを得てマラリアの特効薬を見つけたのです。

 これに対して小野昌弘という免疫の先生がコラムを書いていたのですが、「伝統・職人芸の世界でとどまっていた未熟で個別的な知識を、科学的手法を用いることによって、広く世界の人々が共有できる一般的・抽象的な知識へ転換したともいえる」と述べていました。私も同感です。前にも言いましたが、世の中には常識の陰に隠れている、もしくは隠されている未解明の真実がいろいろとあるのではないかと思っています。ですから、ケトン体にしてもクルクミンにしても、私たちが世間にうまく説明できていないだけ、科学的に実証できていないだけなのだと思います。

――クルクミンが実用化されるまでには、あと何年ぐらいかかりそうですか。

柴田 まだ何とも言えないですね。ただ害がないのだったら試しに実装化してみるというやり方もあると思います。萩原先生もケトン食の社会実装を目指していると思います。食品にかかわる法律の範囲内で、安全に提供でき、少しチューンナップした形で社会実装ができれば、その過程で何らかの効果も見えるかもしれません。

――健康を保つため、がんにならないためにおすすめの食べ物や生活習慣などについて、何かアドバイスはありますでしょうか。

柴田 なかなか難しい質問ですね。私自身は全然実践できていないので偉そうなことは言えませんが、アメリカのNIH(アメリカ国立衛生研究所)や日本の国立がん研究センターなどでも、偏らずにバランス良く食べた方がいいとか、多量に摂取すべきでない食べ物があることは言っています。実際にフィトケミカルにも、ある程度の抗腫瘍性の活性はあることは、わかっています。

糖質制限はやらなくていい』の中でも、食物繊維を多くとる人とそうでない人とでは、死亡率に有意な差があるということが書かれてありましたね。

――先生の目からご覧になって『糖質制限はやらなくていい』のおすすめのポイント、読んでよかった点などがありましたら、お聞きしたいです。

柴田 食べ物などを工夫することは、誰でもやろうと思えばできるアプローチだと思います。この本に書かれているケトン食療法に関しては、もちろん専門的にきちんとやった方が良い。ただ、患者さんたちも自分たちでも何かしたいと思っているのですよね。単に医者の言うことに従っているだけではなくて、自分たちでも何かアクションしたいという気持ちがあると思います。それで言うと、食事を改善したり、がん予防に良さそうなものを試したりというのは、そういった行動だと思います。ただ、盲信は困りますが。「がん」に対しては、まだまだ、いろいろなアプローチが残っているのではないかと思います。そういう意味で、食べ物で何とかしよう言われると、ちょっと勇気づけられるものがあります。

 私もケトン体やケトン食を十分に知っているわけではありません。ただ、ここにも何かがあるかもしれないという感じがします。そういう意味で言うと「へぇーそうか。まだわからないこともあるけど、この辺に何か可能性があるかもしれない」という感じがして、読後に爽やかな気持ちになりました。

 前回お話ししたワールブルグ効果について、クルクミンも、また萩原先生たちの方法も、がん細胞のTCAサイクル(クエン酸回路)とか、嫌気的解糖(生体内で酸素を利用せずに糖をピルビン酸や乳酸などに分解しエネルギーを産生する反応過程)がターゲットなのかもしれないと感じました。

 さらにケトン食とクルクミンのコンビネーションも良いかもしれません。いろいろと示唆に富んでいる部分があります。健康の最新情報をザッピングするという感じもあり、教養書としてもすごく楽しめました

――教養書としても楽しめるなんて、いいですね。

柴田 私は雑学好きで、そこにいろいろな研究のヒントがあると感じています。逆に、研究論文は書かれている内容がかなり限定的なので、そこからあまり新しい発想は出てこないのです。ソリッドな形で書かれているから、何か思いついたりしづらい。でも、こういう雑学的に、いろいろな情報が混じっていると発想が豊かになる感じがします。何回か読むうちに、ヒントが得られることもあります。

 だから、健康の指南書とかテクニカルな本として読むよりは、一般教養書として読むのが良いと思います。萩原先生の視点を通じて、幅広い情報が書かれているので、その中で自分の発想との相互作用で別の新しいことを思いつくと面白いですね。