リアルへの回帰には
“慣性の法則”が働いていないか
アリストテレスの名前が出てきたので、グーグルが以前実施した「プロジェクト・アリストテレス」という調査について触れておきましょう。この調査はグーグル社内を対象に、最もパフォーマンスが良い組織とはどういう組織なのかを分析したものです。その結果、組織のパフォーマンスにとって「心理的安全性」が重要な要素であるということが分かりました。
彼らはその後、自分たちの組織運営において心理的安全性を高めることを重視し、社外にもその重要性を啓蒙するドキュメントを公開しました。このため、組織のパフォーマンスにとっての心理的安全性の大切さは、広く知られるところとなりました。
では、リモートワークやハイブリッドワークにおいて、心理的安全性はどうなるのでしょうか。実はまだ、これをきちんと測定した情報はなく、プラス面・マイナス面が分かっていません。
結局、リモートワークの賛否については“空中戦”が続いているわけですが、こうした不確かな状況下で、客観的なデータもないとき、人は得てして従来の慣れた状況に帰着しようとします。「少なくとも以前はそれでうまくいっていたじゃないか。だったらそれに戻そう」というわけです。
英語の成句に「Challenge the status quo」、現状を打破するという言葉がありますが、常に常識を疑う姿勢を好ましいとしてきたシリコンバレーのテクノロジー企業でさえ、「リアルに回帰しよう」という動きが出ています。ここには従来企業と同じような“慣性の法則”が働いてしまっているのではないかというふうに、私には見えます。
なぜなら、従来からリモートワークを実施していた企業では、コロナ禍ではもちろん、ウィズコロナ時代の今になってもリモートワークを変わらず続けているからです。こうした企業ではリモートワークで生産性と創造性の足し算による組織のパフォーマンスが落ちることはないと信じられているので、コロナ禍が終わったからといってリモートワークをやめる理由はありません。
一方で、リモートワークでパフォーマンスが落ちたという疑念が生じた企業では、ついつい“慣性”に従って、リアルへの回帰をしようとしてしまっているのではないでしょうか。