日米韓が連携するためには
日本との関係強化が欠かせない
こうした流れの中で出てきたのが、尹錫悦大統領による冒頭の発言である。
尹錫悦大統領は、この発言に続けて「今欧州では残酷な戦争を体験しても未来のために戦争当事国が協力している」と述べた。さらに「これは決断が必要なこと」であり、韓国の安保不安への対応があまりにも緊急な事案であるため、日本との協力を先送りすることができなかった、と説明した。
また韓国大統領室は、革新系大統領の故金大中(キム・デジュン)氏がかつて日本の国会演説で「50年にもならない不幸な歴史のために1500年にわたる交流と協力の歴史全体を無意味にすることは愚かなこと」と強調したことと同じ脈略であると説明した。
これに対し野党や左派系メディアは一斉に批判した。民主党の李在明代表は「数十年間日本から侵略され苦痛を受けた大韓民国の大統領として決して言ってはならない発言」と述べた。
ハンギョレ新聞は、「尹錫悦大統領の発言は、いまだ『誠意ある呼応』を示さず過去を否定する日本に重ねて免罪符を与えるものだ」と批判した。さらに、「過去に目をつぶり、韓日関係の改善を掲げ『未来』だけを強調する尹大統領の『低姿勢一方主義』の対日認識が再び明らかになった」と報じた。
今回の尹錫悦大統領の「100年前の歴史」を巡る発言は、日本に対し謝罪を求め続ける元徴用工とその支援団体、一部韓国のメディアに対し、「日韓関係を正常化して国民交流を広げ、安保・経済協力を促進することで未来志向の関係を築くことが、韓国の国益に資するものである」とくぎを刺したものである
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韓国の安保上の最大の脅威である北朝鮮の核開発に対する米国のコミットメントを確立することが、尹錫悦外交の究極的な目的である。日本の在日米軍基地は、朝鮮半島有事の際、国連軍の後方支援基地になっており、米軍としても日本との協力なしに韓国防衛を行うことは困難である。尹錫悦大統領としては、日本との関係を修復し、安保協力体制を強化することで、米国に対しても日米韓協力体制強化への取り組みを促す意図があるであろう。
いずれにせよ、米韓首脳会談の成果如何で、尹錫悦大統領の発言に対する韓国国民の評価も決定されよう。
今回の尹錫悦大統領の米韓首脳外交は、すでに始まっている。首脳外交の前にさまざまな根回しが行われるのが常であるが、最近になって出てきている尹錫悦大統領の発言を見ると、それも大詰めに来ているように思う。
この記事が公開される時点では米韓首脳外交の結果が判明しているであろうが、筆者の予想が的確に反映されていることを期待する。
(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)