15分の深い呼吸を実践したグループと、そうでないグループとでは、同じものを見ても、湧いてくる感情が違ってくる、と健康になる技術 大全の著者、林英恵さんは言います。今回は、「体にいい呼吸の仕方」についてです。
本連載では、「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)

【公衆衛生学者がすすめる】病気になりたくなかったら、5分でできる毎日の習慣Photo: Adobe Stock

病気になりたくなかったら、5分でできる毎日の習慣

 食事や運動の習慣や、たばこやアルコールなどの不健康な習慣は、日々の感情に左右されることがわかっています。 そのため、感情を穏やかに保つことは、健康習慣を保つことにつながります。呼吸と姿勢はそのための器(環境)を作る方法だと考えてください。

 長く、ゆっくりとした深い呼吸(腹式呼吸)は、感情を落ち着かせるのにとても役に立ちます。また、深い呼吸は、ストレスマネジメントや感情の面だけではなく、心臓、脳、消化器、呼吸器、免疫系の機能を高めます(*1-3)。

浅い呼吸は不安な気持ちや緊張の源

 感情の面でいうと、浅い呼吸は不安な気持ちや緊張の源でもあり、結果でもあります(*4-6)。実際、呼吸が浅いことと、緊張感や不安な気持ちは関連しています。

 呼吸が浅いと、緊張や不安感などが募り、そのせいでまた呼吸が浅くなってしまうというサイクルが生まれる可能性があります。それほど、呼吸は、感情にも影響を与えます。

15分の深い呼吸を実践したグループと、そうでないグループとでは、同じものを見ても、湧いてくる感情が違ってくる

 15分の深い呼吸を実践したグループと、そうでないグループとでは、同じものを見ても、湧いてくる感情が違ってくることがわかっています。

 深い呼吸を実践したグループでは、一般的な情報を見てもポジティブな感情を一定に保つことができたり、ネガティブな情報に対しても、いとわずに見ようとするなどの効果が表れたという実験結果もあります(*7)。

長く、ゆっくりとした深い呼吸は、筋肉と自律神経に影響を与える

 腹式呼吸などに代表される、長く、ゆっくりとした深い呼吸は、筋肉と自律神経に影響を与えます(*8)。

 結果的に、それが内臓などの器官の働きに影響を与え、心拍数の速度を下げ、血圧を低くしたり、安定させる効果があると報告されています(*8-10)。

 また、ヨガの観点からいうと、リラックスした呼吸をするためには、呼吸を整えるための器となる体の姿勢も大切です。

怒っている時、悲しい時の姿勢

 先ほどの様々な感情を思い出してください。怒っている時、悲しい時、姿勢はどうなっているでしょうか? お腹に力が入ったり、背中が丸まったりしていないでしょうか? 姿勢を整えることで、良い呼吸がより実現しやすくなるでしょう。

 人は、大人で1分間に12から18回呼吸をします(*11)。生きている限り、人は呼吸をします。であるのなら、毎日している呼吸に意識を向けるだけで、何気ない呼吸が、感情と仲良くするためのパワフルなものに変わります。

感情が高ぶっていたり、イライラしている時は、どうしたらいい?

 呼吸による感情のトレーニングは、毎日気づいた時にどんな場所でも練習できます。一度、コツを得ると、体の隅々まで空気が行き渡るような、とてもすがすがしい気分になります。

 感情が高ぶっていたり、イライラしている時は、椅子に深く座り、姿勢を正し、鼻から息を深く吸って、口から全部吐き出すようにしてみましょう。

 うまく呼吸できない時は、とにかく、息を、長く、全部吐ききってください。そうすると自然に吸えるようになります。目はつぶってもつぶらなくても大丈夫です。

 こうすることで、まさに感情の波にも早い段階で「一息入れる」ことができるようになります。5分でできる健康法。ぜひ試してみてください。

【参考文献】

*1 Russo MA, Santarelli DM, O'Rourke D. The physiological effects of slow breathing in the healthy human. Breathe (Sheff). 2017;13(4):298-309.
*2 Zaccaro A, Piarulli A, Laurino M, Garbella E, Menicucci D, Neri B, et al. How breath-control can change your life: a systematic review on psycho-physiological correlates of slow breathing. Front Hum Neurosci.2018;12:353.
*3 Gerbarg PL, Jacob VE, Stevens L, Bosworth BP, Chabouni F, DeFilippis EM, et al. The effect of breathing movement, and meditation on psychological and physical symptoms and inflammatory biomarkers in inflammatory bowel disease: a randomized controlled trial. Inflamm Bowel Dis. 2015;21(12):2886-96.
*4 Paulus MP. The breathing conundrum-interoceptive sensitivity and anxiety. Depress Anxiety. 2013;30(4):315-20.
*5 Leivseth L, Nilsen TIL, Mai X-M, Johnsen R, Langhammer A. Lung function and anxiety in association with dyspnoea: the HUNT study. Respir Med. 2012;106(8):1148-57.
*6 Leupoldt Av, Chan P-YS, Bradley MM, Lang PJ, Davenport PW. The impact of anxiety on the neural processing of respiratory sensations. Neuroimage. 2011;55(1):247-52.
*7 Arch JJ, Craske MG. Mechanisms of mindfulness: emotion regulation following a focused breathing induction. Behav Res Ther. 2006;44(12):1849-58.
*8 Russo MA, Santarelli DM, O'Rourke D. The physiological effects of slow breathing in the healthy human. Breathe (Sheff). 2017;13(4):298-309.
*9 Grossman E, Grossman A, Schein M H, Zimlichman R, Gavish B. Breathing-control lowers blood pressure. J Hum Hypertens. 2001;15(4):263-9.
*10 Khalsa SBS, Elson LE, Stanten M. Introduction to yoga - improve your strength, balance, flexibility, and well- being. In: Underwood A, editor. Boston, M.A.: Harvard Health Publishing; 2016.
*11 Barrett KE, Barman SM, Boitano S, Brooks HL. Ganong’s review of medical physiology. New York, N.Y.: McGraw-Hill Education; 2012.

(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)

【公衆衛生学者がすすめる】病気になりたくなかったら、5分でできる毎日の習慣林 英恵(はやし・はなえ)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/