「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の最新刊『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ”と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!

期待値が同じならリスクの小さい方が優れている

 リスクとリターンは一般に「損することと儲かること」と思われているが、統計学ではリターンは「期待値」、リスクは「データのばらつき」のことで、これはベルカーブのかたちで表わされる。

 以下のような2つの金融商品があるとしよう。どちらも期待値は100だが、商品Aは最大損失が90、最大利益が110だ。それに対して商品Bは、最大損失が20、最大利益が180になっている。この金融商品に投資したときの損益のばらつき(リスク)は商品Bの方がずっと大きい。

金融商品を比べるなら「リスパ」が高いほう選ぶべき!Photo:CORA / PIXTA(ピクスタ)

 ここで重要なのは、リスクは「損をする可能性」であると同時に、「儲かる可能性」でもあることだ。損益のばらつきが大きいと、大損することもあるが、大儲けも期待できる(商品B)。それに対して損益のばらつきが小さければ、大損する心配はないが大きな利益も期待できない(商品A)。

 この2つの商品に投資できるとして、AとBのどちらが有利なのだろうか。これには明快な答えがあり、商品Aを選ぶべきだ。なぜなら、リスパが高いから。―「リスパ」はリスクパフォーマンスの短縮形で、「リターン/リスク比」のことだった。

 リスパの法則は次のように表わせる。

期待値が同じ場合は、リスクの小さい方がつねに優れている

 直観では儲かったときの金額に目を奪われてしまうが、ゲームを繰り返せばどちらの場合も平均へと回帰していくのだから、結果が同じなら無駄なリスクをとる意味はない。ハイリスクな選択をすると、いつか地雷を踏むことになる。

 このように、データの分布がベルカーブで、リターン(期待値)が同じでリスクだけが異なる場合は、リスパによって最適な選択はひとつに定まる。

リスクが大きくてもリターンがさらに大きければいい

 ここで「リスクの小さな金融商品Aとは債券や銀行預金のことで、リスクの大きな金融商品Bは株式のことではないか」と思ったひともいるだろう。だとすればリスパによって、株式より債券に投資した方が有利なのだろうか。そうともいえないのは、債券と株式では期待リターンがちがうからだ。

 長期のデータからは、株式投資の期待リターンは一貫して債券投資を上回ることが示されている。ここでは便宜上、債券の期待リターンを3%、株式の期待リターンを8%としよう。

 株式は期待リターンが高い分だけ、リスクが大きくても、債券よりも大きな利益を得られる領域が広がっている。

 ここから、もうひとつの法則が導かれる。

リスクが大きくても、リターンがさらに大きければ、そちらの方が優れている

 株式投資は、よいときや悪いときはあるだろうが、長期では債券投資を上回る年が多くなる。そのうえ、毎年のパフォーマンスのちがいは複利で累積していく。こうして株式投資の収益は、10年、20年という期間では、債券投資を圧倒する。これが、「よい株は長くもちなさい」といわれる理由だ。

 だとしたら、手元にある金融資産の全額を株式に投じるべきだろうか。

 若くて投資資金が限られているなら、収入から支出を除いた全額を株式に積み立ててもいいだろう。老後の資金として取り崩すまで30年くらいの投資期間があるのだから、株価が一時的に下落するのは平均購入単価を引き下げるよい機会だ。損失額も限定されており、働いていくらでも挽回できるだろう。

 だが年をとって金融資産が増え、その代わりに働ける年数が減ってくると、ふつうは元本保証の金融商品の割合を高めていく。2008年のリーマンショックのときは、株式投資のなかではもっともリスクが分散されていた(株式市場全体に投資する)インデックスファンドですら、価格が半分まで暴落した。

 70代、80代の引退した高齢者が、1億円の金融資産のすべてを株式インデックスで保有していた場合、わずか数週間で5000万円もの資産を失ったことになる。この損失はその後の株価上昇によって挽回でき、さらには利益まで出たのだが(資産運用理論は正しかった)、これはあくまでも結果論だ。大損したときのショックを考えれば、全額を債券(あるいはキャッシュ)でもっていることが最適戦略だというひともいるだろう。

 実際にはほとんどのひとはこの中間で、金融資産の一定割合を株式に投資し、残りを債券か預金で保有している。株式の比率は、若くて資産の少ないときほど高く、年をとって資産が増えるにしたがって低くなるというのも合理的だ。ファイナンス理論では、それぞれのリスク選好に合わせて株式と債券に金融資産を振り分けると、もっとも効用が大きくなることが数学的に証明されている。

※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。

橘玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。