企業理念の伝播に欠かせない「政七まつり」

佐宗 理念経営をなさっていることは外から見ていても明らかでしたが、ビジョンを持ち、ビジョン達成のために戦略を立て、その年にやることまで落とし込んでいるとなると、本当にビジョンを推進力として使っていらっしゃるのだなと感じますね。最後の段階である「理念体現」については「ずっとやり続けなければならない」とおっしゃいましたが、具体的にはどんなことを考えていらっしゃるのでしょうか?

中川 『理念経営2.0』には理念伝播のための手段として「儀式」の重要性が語られていますよね。うちも、年に1回行う「政七まつり」という儀式をとても大事にしています。一人ひとりがビジョンを自分ごと化するためにさまざまなことを行う一日で、最後には表彰式も行います。うちは小売業の比率が大きいので、社員全員が一堂に会するのはなかなか難しいのですが、これだけはやり続けています。

佐宗 組織文化をつくっていくうえで「祭り」は非常に重要なファクターだと思っています。なんとなく集まって、なんとなくプレゼンして終わりといった熱量のものでは、組織の一体感や文化をつくり上げるのは難しい。その場の熱量やリズムを共有しながら、人々が同期することが重要だと思うのです。だからとても気になるのですが、「政七まつり」は具体的にはどんなことをするのですか?

中川 中途入社の人などには「全然まつりじゃない、だまされた」って言われるんですけど(笑)、午前中から夕方までグループワークなどの研修を行うんです。『理念経営2.0』にも書かれていた「未来新聞づくり」をやったりします。数十年後の望ましい未来を新聞のフォーマットに落とし込むワークですね。その後、みんなで食事をし、最後に年間の社員表彰があります。「理念理解」に3、4年かけたと言いましたが、手探りでこのイベントを行いながら、ビジョンの意味をわかってもらい、自分ごとにしてもらうためのワークを丸10年やってきました。

 ただ、このまつりには経費もかかるし、10年やった段階で「もういいだろう」と思っていったんやめたんです。すると、直接の因果関係はないのですが、ビジョンに合わないような「よくない出来事」が社内でポツポツ散見されるようになりました。「今までこんなことはなかったのに、なぜだろう?」と話し合い、「政七まつりをやめたことに原因があるんじゃないか」と思い至ったんです。それでもう一度再開しました。コロナ禍で物理的に開催できない時期もありましたが、これはずっとやり続ける必要があるものだろうと思っています。これが「理念体現の取り組みは『やり続ける』しかない」と語った理由です。

佐宗 『理念経営2.0』は「そもそも人は会社として群れる必要はあるんだろうか?」「会社が群れとして動くにはどうしたらいいのだろうか?」という問いからスタートしています。今、中川さんのお話を聞きながら、改めて「祭り」は共同体を共同体としてきちんと運営していくうえで、大事なコミュニティ保全機能を持っているのだなと思いました。

 コロナ禍などさまざまな理由があると思いますが、「地方のお祭りが廃れてしまっている」という話はよく聞きます。ですが、いろんな地方を回っていると、地域の祭りがしっかりと残っているところはまちづくりのエネルギーも強いと感じます。コミュニティの力を保つうえで、祭りは必須のものなんでしょうね。

【中川政七商店・中川政七さん】職場でよくないことが続いたら「儀式」を見直そう
佐宗邦威(さそう・くにたけ)

株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授

東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(いずれも、ダイヤモンド社)などがある。