ウェルビーイングは社会にどう浸透していくか

 このようにウェルビーイングは企業経営に不可欠な要素となる兆しが見え始めているが、今後はどのように浸透していくのだろうか。既に顕在化している市場や企業の動向と、ESGやSDGsといった類似概念からのアナロジーの、2つのアプローチで読み解いていく。

 まずは、ウェルビーイング関連市場の現状から見ていく。我々は身体・精神・社会の3つの切り口で、最終消費者が自身のウェルビーイングを高めることに寄与できる商品・サービスで構成される市場を、ウェルビーイング関連市場と捉えている。既にこの市場が勢いよく拡大し始めている。

 一例として、Global Wellness Instituteが発行している「The Global Wellness Economy Country Rankings(2021)」の市場規模予測を紹介する。図表2の通り、サブマーケットごとに濃淡はあるものの、全体で見ても2020年~2025年においてCAGR(年平均成長率)10%での成長が見込まれており、寿命の延伸や健康志向の高まり等とともに、その勢いはさらに加速していくと考えられる。

 ウェルビーイングに関する企業の動きについては既に簡単に触れたが、具体的な取り組みをいくつかご紹介する。コーポレートスローガンとして“Eat Well, Live Well.”を掲げる味の素は、今年に入り公開した中期ASV経営 2030ロードマップの中で、元々の志(パーパス)である「アミノ酸のはたらきで食と健康の課題解決」を、「アミノサイエンス(R)で人・社会・地球のWell-beingに貢献する」に進化させた。これまでの食を通じた身体面の健康に関する課題解決から、対象を人・社会・地球のウェルビーイングの実現へとすそ野を広げているのだ。

 また、ポーラ・オルビスホールディングスは、長期経営計画の中で、多様化する「美」の価値観に応える個性的な事業の集合体を「VISION 2029」として掲げ、化粧品を中心とした価値提供に加え、ウェルビーイングや社会領域へ事業ポートフォリオを志向・拡張することを明確に打ち出している。

 これら2つの事例は、主に対消費者や経営戦略上のウェルビーイングの重要性の高まりを示すものだが、対従業員向けウェルビーイングも確実に重要視され始めており、一見ウェルビーイングとの関係性が遠そうな業界(B2Bなど)でも取り組み始められている。その理由は、人材・人手不足を背景とした中での採用競争力の強化や離職防止など、従業員向けウェルビーイングが切実な課題として浮き彫りとなっていることがある。

 例えば、積水化学グループや三井化学等の化学メーカーにおいては、健康経営の理念やあり方をまとめた「健康宣言」「健康経営基本方針」を制定している。すべての従業員が、心身ともにそして社会的にも良好な状態ウェルビーイングであることを目指すと明言する企業も出てきている。ウェルビーイングは生産性向上を促す重要なものであり、従業員なくして企業成長は実現できないという認識が背後にあるようだ。

 以上のように、ウェルビーイング関連市場は隆盛のさなかにあり、また、企業の取り組みからも、企業経営にウェルビーイングをビルドインする動きが鮮明であることから、ウェルビーイングは既に浸透しているとも見立てられる。

 次に、企業経営における最重要テーマと言っても過言ではないSDGsを中心としたサステナビリティ(特に気候変動対策)に注目し、ウェルビーイングがどのように浸透していくのか洞察したい。

 SDGsは、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継に当たる「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を達成するための17の具体的な目標として、2015年に策定された。本採択をきっかけに国内外でサステナビリティに対する取り組みが加速し始めた。

 例えば、気候変動をめぐる変化では、(1)ソフトロー(各国政府や国際的イニシアチブ)による政策や情報開示の枠組みの提示を発端に、企業や政府よりもビジネス・政治上の利害関係に縛られにくい国際機関やNGOが牽引する形でその取り組み・動きを加速させている。また、(2)投資家や金融機関による投資/融資の対象がよりサステナブルなビジネスにシフトしていく動きが鮮明になり、(3)世界的なエシカル消費に対する意識の高まりから、企業のサステナビリティ推進行動をその商品の購買基準として重要と考える消費者も増え始めている。

 このように、(1)各種規制やイニシアチブ組成等を発端に、(2)投資家や金融機関、(3)消費者の態度・行動変容が外圧として働き、また企業自体の内発的動機とも相まってサステナビリティが世の中に浸透したといえるだろう。

 上記(1)~(3)の変化を、ウェルビーイングに適応して考えると、(1)SDGsの目標の1つに「すべての人に健康と福祉を(GOOD HEALTH AND WELL-BEING)」として含まれたことにより注目を集め、2018年の人的資本情報の開示項目の国際標準「ISO30414」、国内では2022年の「人材版伊藤レポート2.0」の発表となり、(2)投資家や金融機関はもとより、企業の従業員ウェルビーイングに対する認知・関心をさらに高めるきっかけとなった。そして、(3)2020年からのCOVID-19流行をきっかけに自身の健康や社会的なつながりの重要性を感じた消費者は、ウェルビーイングが自身の充実した人生のためには不可欠なものであると理解し、強い関心を持ち始めている。

 このようにサステナビリティと同様の流れをたどるウェルビーイングは、その有用性が企業の内発的動機の火種としても作用することで、世の中に深く浸透していくであろう。