しかし、商品・サービスに対して顧客が求める「もっと便利で、もっと価値あるものが欲しい」というニーズは、生理的・物理的・制度的な制約から上限があり、一度満足した顧客は、次の改良品には興味をもたなくなる。
自動車の中には最高時速400キロの性能をもつものがあるが、ほとんどの人はそこまでの性能を必要としないし、4Kテレビの性能が素晴らしくても、4Kの性能を楽しめるコンテンツがわずかしかないうちは、多くの人はまだフルハイビジョンテレビで十分だと考えている。
第1図はこれを表した図だ。横軸は時間、縦軸は「既存製品の主要顧客が重視する性能」で、縦軸から一本ひかれている点線は、「既存製品の主要顧客が求めていて、受け入れ可能な性能」の上限を示している。
性能向上が主要顧客の要求水準を下回っている間は、高性能化=高付加価値化の等式が成り立つ「持続的イノベーションの状況」である(グラフの左側)。この状況では、より性能の良い商品・サービスを開発し提供することで競いあうことが求められる。そして、良い商品は優良顧客に高く売れる。
持続的イノベーションで競争優位に立てるのは、実績のある既存企業だ。とくに、資本力のある大企業ほど、既存顧客を満足させるように組織が最適化されているため、資源を動員し、場合によっては外部から技術を導入するなどして、より高性能な製品をより廉価で提供できる。
ところが、性能の向上が主要顧客の要求水準を上回ってしまうと(グラフの右側)、これ以上いくら性能を向上させても、顧客は価値の向上を感じられなくなってしまう。あなたの家にも、一度も使ったことのない機能がゴテゴテと装備された電化製品が置かれているのではないだろうか。
ただ、顧客ニーズを超えた機能の過剰供給が市場で起こっていても、そのマーケット内で似たような競争をしている時点では、それほど大きな問題にはならない。
しかしある日突然、ラクスルのように従来のビジネスが見落としていた「より本質的な」課題や機会の発見と、従来のやり方を10倍、20倍超える効率性の提案が出てきたらどうなるか。
ひとたび破壊的イノベーションが顧客に受け入れられると、ユーザーが求める体験が別次元のレベルアップになってしまい、それまでの機能改善が無意味になることがしばしば起こる。そして、突然現れたニュービジネスに自社の本業が駆逐(くちく)されてしまうのだ。