「ソニーの“いいやつ”に」

 投資家が「失敗」を経験した起業家を評価するのは、それがまさに「未来」を構想してイノベーションを起こす新しいアイデアの源泉になるからに他ならない。彼らの事業にとって「失敗」は糧であり、それが花開いた際のアップサイド(伸びしろ)の大きさを、投資家たちはよく理解しているのだ。

 そもそもあのスティーブ・ジョブズでさえ、iPodというあまりに大きな「成功」を生み出すまでに、様々な「失敗」を経験しているのは、今では誰もが知る事実だろう。

 アップルの創業者の一人であるジョブズが、自ら開発を指揮したマッキントッシュを発表したのは1984年のことだ。だが、その商品は評価こそされたとはいえ、販売ではマイクロソフトに全く勝てなかった。その責任によって彼は翌年に全ての役職を解任され、自ら創業した会社を追い出されるように去った。

 その後、ピクサー・アニメーション・スタジオを買収したり、NeXT Computerを新たに創業したりした彼は、アップルにNeXTを売却して1996年に復帰を果たす。

 これはある経営者から僕が聞いた話だが、その時にジョブズはこう言ったらしい。

「俺は今までマイクロソフトと戦おうと思っていたけれど、よく考えればソニーの“いいやつ”になればいいんだよな」と。

 コンピュータのハードでマイクロソフトという巨大な相手と戦うのではなく、ソニーのウォークマンに勝つ―。そこには過去の「失敗」から得た新しい視点があった。そうして作られたiPodが、現在のiPhoneというコンセプトへと繋がっていった。

 この有名なジョブズのエピソードは、「未来」を生み出す力の源泉がどのようなものであるかを教えてくれる。様々な「成功」は「失敗」と表裏一体のものであり、その両者が互いに混じりあうダイナミズムこそが、「新しい世界」を創造していくのだ、と。