「温情」での先発起用に
イニエスタ自身が違和感!?
イニエスタを起用する上での難しさを問う質問には、吉田監督はこんな言葉を返している。
「もちろんそこは自分にしかわからない部分、というのもあると思いますし、スーパースターとしてずっとプレーしてきた彼にしかわからないつらさもあったと思っています」
しかし、堅守速攻にかじを切った神戸で、イニエスタは最終戦でも思うように攻撃に絡めなかった。後半開始とともに大迫が投入されてからは、中途半端な展開が余計に目立った。試合は札幌にリードを許して前半を折り返した神戸が、イニエスタがピッチを退いた後の後半40分に追いついて何とか引き分けた。
神戸における最後のプレーを、イニエスタは独特の表現で振り返っている。
「人生においても、スポーツにおいてもスーパーヒーローはいません。現実として自分もこの4、5カ月間、チームに継続的に絡んでいませんでした。その中で最大限の貢献ができるように、自分のすべてを出し尽くしました。自分が何をしたのか、どのような結果だったのかというよりは、チームでここまでやってきたことに対する誇りと達成感の気持ちをもって今日という日を終えました」
ラストマッチだからと、温情的な意味合いで先発起用されても難しい、という複雑な思いが「スーパーヒーローはいない」というくだりに反映されている。お互いにプロとしての矜持(きょうじ)を貫き、その結果として別々の道を歩む状況に至った以上は、最後まで非情に徹してほしかったのだろう。
ましてやイニエスタのラストマッチは、親善試合ではなく公式戦だ。悲願のリーグ戦優勝を目指す上で、一戦必勝の態勢で臨まなければいけない。イニエスタを送り出すのであれば結果を出してきた堅守速攻スタイルで臨み、リードを奪った上で後半途中から起用すべきだったのではないか。
川崎フロンターレが1-0でガンバ大阪を下した、2021年元日の天皇杯決勝を思い出す。この試合を最後に引退する中村憲剛をベンチでスタンバイさせていた川崎の鬼木達監督は、延長戦に突入するケースを含めて、さまざまな考えを巡らせた中でレジェンドをピッチに送り出せなかった。
試合後に「使ってあげられなくて申し訳ない」と謝った指揮官に対して、中村は「チームの勝利が最優先ですから」と笑顔で返した。お互いにリスペクトの思いがあったからこそのやり取りだ。中村は「個人的な感情は抜きにして、これがベストの筋書きでした」と指揮官に感謝している。
対照的にイニエスタ本人が違和感を覚えたことを示唆した57分間は、果たして神戸とイニエスタの双方にとってベストだったのか――。いずれにせよ、最後まで神戸の力になれなかったふがいなさが負の感情へと変わり、吉田監督を無視した交代直後の異例とも言える態度に反映されてしまったのだろう。
もちろん、5年間にわたって在籍した神戸へ注ぐ愛はまったく変わらない。札幌戦後に行われた退団セレモニー。何度も頬に涙を伝わせながら、イニエスタはこんな言葉を残している。
「ファン・サポーターのみなさんには、これまで通りチームを支えてほしい。チームは素晴らしいシーズンを送っていますが、後半戦はみなさんの力が必要になってきます。みなさんと一緒に、自分も離れたところからチームに力を送りたいと思っています」
イニエスタは「さようなら」ではなく「また会いましょう」という言葉で、神戸における日々を締めくくった。いまは手元に届いている中東やアメリカなどからのオファーを吟味しながら、引退後には何らかの形で再び関わりたいと望んでいる神戸が、これからも勝ち続けていく姿を祈っているだろう。