イニエスタが最終戦で監督を“無視”した理由…人格者が見せた「もう一つの顔」Photo:JIJI

名門バルセロナからヴィッセル神戸へ加入し、世界を驚かせてから5年余り。スペイン代表でも一時代を築いた司令塔、アンドレス・イニエスタが涙とともに日本を去った。だが「人格者」のイメージが強いイニエスタは、日本ラストマッチでの交代時に自チームの吉田孝行監督と目も合わせず、半ば“無視”するような形でピッチを後にした。愛する神戸での引退を望んでいた39歳のレジェンドは、なぜ「もう一つの顔」をのぞかせたのか――。その胸中に迫る。(ノンフィクションライター 藤江直人)

人格者イニエスタの「もう一つの顔」
高ぶった感情を抑え切れないことも

 温厚な性格と常に謙虚な立ち居振る舞い。そして、ピッチを離れれば夫として生涯の伴侶と決めているアンナさんを心の底から愛し、父親として2男3女の幼い子どもたちを優しく見守る。

 ヴィッセル神戸を退団した元スペイン代表のレジェンドで、名門バルセロナでも一時代を築いたアンドレス・イニエスタの素顔を問われれば、真っ先に「人格者」という言葉が思い浮かんでくる。

 しかし、イニエスタはもう一つの顔も持ち合わせていた。ときに高ぶった感情を抑え切れない、と言えばいいだろうか。試合中に初めて「それ」をのぞかせたのは、2年前の9月だった。

 北海道コンサドーレ札幌戦の後半に途中交代を告げられた直後。イニエスタはタッチライン際に置かれていたペットボトルを思い切り蹴り上げた。さらにベンチ前ではペットボトルが数本入ったケースにもキックを見舞い、ベンチに座ってからはそれまで履いていたスパイクも投げ出した。

 当時のイニエスタは、試合後に自身のインスタグラム(@andresiniesta8)を更新。スペイン語と日本語の両方で、ファン・サポーターを驚かせた自らの行為を謝罪している。

「自分らしくない不適切な行動を示したので、サッカーファンやサポーターのみなさんに詫びます。時々フラストレーションが溜まりますが、僕はそのような人ではありません。申し訳ありません」

 同じような光景は、昨年7月のジュビロ磐田戦でも再現された。後半途中に交代を告げられたイニエスタは、ねぎらおうと出迎えたコーチ陣やチームメイトを拒絶するように左手を小さく振り上げ、直後に左足を思い切り振って目の前に置かれていたペットボトルを蹴り上げた。

 このときは試合後の取材エリアを無言で通過したイニエスタに代わって、元日本代表の酒井高徳が「ロッカールームでは、いつも通りのアンドレスでした」とレジェンドの胸中を代弁してくれた。

「試合途中で交代を告げられて、うれしいと思う選手はどこにもいないと思う。そういう姿勢はプロサッカー選手として絶対に持っていなければいけない。なので、誰もとがめませんでした」

 そして、今年7月1日に行われたイニエスタのラストマッチ(札幌戦)では、これまでとは違った形で「怒り」が顔をのぞかせた。