ORではなくANDの改革

 DIY HR®を推進すると、すぐに変化の兆しが現れた。

 1つ目は、DIY HR®の推進部門である人事戦略本部内での変化だ。形骸化していた朝会がメンバーの発案で充実してきた。リモートワーク環境に合わせ、リモート開催にして、曜日ごとに「DIY HR®」の5つの分野に関するホットで面白い話題を提供している。毎朝の20分間がワイドショー番組をみている感じに変化した。例えば、「DIY Well-being®」の日には、本部にいるヨガのインストラクターを招いてみんなでヨガをやったり、聴覚障害のあるメンバーが講師になって手話を学んだり、「DIY Career Path®」の日にはメンバーがそれぞれ自分のキャリアをプレゼンしたりと盛りだくさんの内容だ。司会は持ち回りにしているので、一人ひとりの意外な個性やポテンシャルを発見することもできた。組織に一体感が生まれ、明るく前向きに「もっとこうしたい」といったさらなる自主性も芽吹いていた。

 2つ目は現場の学びに対する変化だ。CHROである西田がある店舗を巡回していると、入社3年目の若手がその姿を見つけて走り寄ってきて「『CAINZアカデミア』を受講しています!白熱教室での講義がとても面白いです。グロービスの『グロービス学び放題』で、ロジカルシンキングやマーケティングの基礎なども受講しています。学んだだけで活用できないのはもったいないので、店舗メンバーにも共有しています」と目を輝かせていた。そこへ店長もやってきて、「昼休みに昨日学んだテーマで議論をふっかけてくるんですよ。もう昼休みが台無しです」と嬉しそうに話してくれた。学びに目覚め、知りたい意欲が増大することで、普段の仕事もより前向きになり、学びをいかに仕事に活かすかを考えることが習慣化されつつあるとのことだった。学びの覚醒は明らかに生産性の向上に役立つと筆者が確信を持てた瞬間であった。

 3つ目は管理職の変化だ。店舗建設部の部長との1on1では以下のような告白を受けた。「これまでは仕事最優先で、家族を顧みない生活だった。でも、DIY HR®のコンセプトをあらためて理解し、自分の働き方が時代にあっていないことを猛省した。新たなスタイルで新たな価値を生み出していくことの大切さがようやく理解できた。そこで、今は毎朝のジョギングを日課にし、休日はジムにも通って健康増進に励んでいる。また、娘と観劇に行くなど、家族で過ごす時間を大切にするようになった。そうすることで、日常に余裕と潤いがではじめ、新たなモチベーションの源泉になっている。自分が変われたのは、DIY HR®のお陰です!」。筆者はこれを聞いて涙が出そうになった。DIY HR®が人生をも変えようとしているのだと改めて実感した。

 改革を進めるにあたり、特に大企業組織では、既存事業の継続や改善も重要で、それを安定的に実行する上で、「上からの指示命令をきちんと実行する集権型組織」であることの意義も当然ながらある。それがカインズのこれまでの成長を支えてきたといっても過言ではない。一方で、世の中の変化も無視はできない。これまでは集権型の組織により効率的なオペレーションを実現し、商材や価格を工夫することでお客様のニーズに対応してきた。しかしながら、従業員個々の承認欲求が高まり、多様化が一層進んだことで、これまでのように中央集権的な指示で商材や価格、サービスの工夫をする体制だけではその時代変化に太刀打ちできなくなっているのだ。経営史を振り返ってみても、成功体験に囚われて環境に適応せず事業ドメインを変えなかった巨大企業は姿を消してきた。

 VUCAの時代と呼ばれる中、世の中のイノベーションは一人の人間のなんとかその課題を解決したいという強烈なパッションや課題意識によって生まれていることが多々ある。個の能力を生かす個の時代が到来したのだ。現場が自分の頭で考えて行動することで、しなやかにお客様ニーズに対応することが必要になった。それは、上からの指示命令系統を無視することではない。むしろ、その土台を強化するために個の力を生かした双方向の対話による発案、創発のプロセスが加えられたことになる。それはこれまでより伝達から実行までの速度を落とす要因になる可能性は否めない。ただ、それを効率化させる手段がDXであり、個々の力量のアップになる。OR(どちらか)ではなくAND(どちらも)で挑む姿勢が組織変革の経営には必要だ。個が輝き、かつ、組織統制も取れている企業こそがこれからの時代の勝ち組になると信じている。