改革をスローダウンさせる壁

 ここまで述べた内容(図表2)は、改革を促す全体構造や作用機序のフレームワークである。一方で、「自律型」に変わりたいと願い、組織改革を進める過程で様々な壁が立ちはだかり、スローダウンを余儀なくされてしまう実態も散見される。

 改革を促進する要因だけではなく、改革をスローダウンさせる「壁」とも言える阻害要因への認識と対処も必要なのだ。

 それらの壁を明らかにするとともに(図表3参照)、カインズの改革からの示唆も述べたい。

 第1が、経営の壁である。昨今人的資本経営の概念が注目され、人を投資の対象として持続的な企業価値の向上に繋げる重要性が浸透しつつある。しかしながら、短期的な利益に繋がりづらく、メリットが不明瞭であるが故に、大規模な人への投資判断は為されづらいのが実情である。

 また、戦略レベルの組織改革は、経営イシューとして然るべき「経営体制」を組成して進めるべきものだが、人事が単独で進めると、頓挫する、または矮小化するケースも多い。

 カインズでは、ガバナンスと経営それぞれの責任を明確化した上で、自律的な経営体制を確立することを目的に、「CXO(執行責任者)体制」を導入している。全体を俯瞰した「CXO体制」が一枚岩となり、企業理念の実現に向けた組織改革推進を大きく後押しした。他の企業では壁となる経営が、カインズではチームを組んで改革を加速させたのである。また、経営が重視するNPSとeNPSの相関関係があることも踏まえて、人事戦略を実行しており、正社員のeNPSが4ポイント改善している(2022年6月時点)

 第2は、組織の壁である。各組織のトップや管理職の変容を促せていないが故に、抵抗勢力となり改革が骨抜きになることや、組織運営の仕組みがアップデートされていないために機能不全を起こすこともある。

 カインズでは、個々の自律を促す上での上司の役割の重要性を伝え、「傾聴する」、「質問する」、「承認する」などのコミュニケーション力を高めるためのスキルの習得を支援する研修を導入した。ユニークなのは、その展開順序である。まず社長以下の役員からはじめて本気度を示したのである。その上で、本社の管理職だけでなく、230を超える店舗の店長・マネジャーにまで展開していった。また、とかくこうした検討は人事内で閉じてしまいがちだが、カインズでは各組織のトップ層が参加する人財開発会議を月1回開催し、意見照会しながら施策をブラッシュアップしている。人事が経営から承認を得て、各組織には結論だけ伝えるケースも多い中で、課題設定や方針策定の段階から連携していることも特徴的である。

 さらに、人事部門のリソース(質・量)不足の問題も起きがちだ。オペレーション中心の役割だった人事が、いきなり戦略レベルで機能するのは難しい。カインズでは、改革当初の人事は社員が2万8,000名に対して、46名と少なかったが、「DIY HR®」のコンセプトに共鳴する同志が社内外から集まり100名にまで拡大し、戦える体制を整えた。

 第3は、個人の壁である。個のニーズは多様化している。画一的な制度・施策では機能しないが、一方で企業規模が大きくなるほど、完全に個々に寄り添った制度・施策は非現実的である。また意識や能力のレベル感にも、ばらつきがある。「自律」は個人にとって薔薇色の世界でもなく、優しくて甘い世界でもない。その前提となる厳しさや学びの大切さを伝えきれず、会社側の支援が空回りすることも起きがちである。カインズでは、昇格も、異動も、学びも全て「手挙げ制」で運用されている。意識を高く持ち、自ら取りに行く個人こそが成長し、報われる会社にしたいとの思想を制度運用にまで浸透させているのだ。このような運用を浸透させる中で、キャリアを自律的に考える割合が8割に達している(2022年6月時点)