アートの重要性

 本稿ではカインズの事例をベースに改革の促進要因を体系化したフレームワークと、阻害要因として現れる壁への対処のヒントを示してきた。ここまでは全体構造や作用機序を中心に説明してきたが、最後に、「コンセプト」にアート(Art)としての美しさを持たせる重要性に触れたい。

 これまでの日本企業の組織改革では、アートを意識して扱った事例は少ない。

 これに対して、ヨーロッパ(特にフランス等)でアートが発展してきた背景の一端には、異なる言語や文化の国々と隣接している環境の中で、何とかして自分たちの主張したいことを相手に伝え、理解してもらう必要があり、その表現手段がアートであったという側面が少なからずあるはずだ。

 それならば、これだけ多様性が叫ばれている現代において、経営や人事からの発信やメッセージにもアートとしての美しさがなければ、あるいはアートとして多様な人々を惹きつける魅力がなければ、全社に、社員に浸透するはずがない。

 それにも関わらず、日本企業の経営や人事は「組織改革をやる」とか、「この制度を導入する」といったWhatから作り、問題解決の論理だけで語りがちである。本来は、何のためにやるのかというWhyの視点からコンセプトを創り、目指す姿に向けた物語として語る必要があるのだ。そして、そのコンセプトにはアートとしての美しさが必要であり、それこそが人の心を動かし、行動を促す。

 カインズでは、自社がこれまで大切にしてきたDIYの思想を繋げ、「DIY HR®」という世界観を創りあげた。このコンセプトと、あらゆる人事機能・施策を繋げていく一気呵成の改革は、急こう配の坂を駆け上る険しさがあり、相応の推進体制が求められる。

 カインズにおいて、これだけの改革を推進し得る体制にまで発展したのは、CHROが掲げた人事戦略ストーリーに「この指とまれ」で“人が集い”、様々な取組みを自分の頭で考え、周囲を巻き込みながら前進させる過程で“人が育つ”からである。(図表4参照)

 加えて、消化不良になりがちな圧倒的な量の施策も「DIY HR®」の世界観に向けた一貫性があるからこそ、受け手側に共鳴と行動の変容を促せるのだ。さらに、このような改革に付き物の様々な困難に遭遇したときにも、常に立ち戻れる拠り所として、皆が共鳴できる「アートとしての美しい世界観」があることの意味は大きい。

 このように「DIY HR®」がこれだけの短期間で改革を推進できている要因として、目指す世界観に自社らしさと価値観を揺さぶる美しさがあり、全ての施策がコンセプトのもとに整合しているが故の納得性があったからに相違ない。アートをトップに据えながら、論理で骨太の全体構造を作って支えたのが、この組織改革の本質だ。

 最後に、東京藝術大学の日比野克彦学長の言葉を引用して本稿を〆たい。「仕事って、自分を表現することだと思っているんです。アーティストや芸術家は、絵や音楽、文章、身体表現などで、直接的に自分を表現しますが、会社に勤める人だって同じだと思います」(Forbes 5月12日配信「藝大学長 日比野克彦から働く人へ - 自分に会社を合わせる努力を」より引用)。

カインズの組織変革のフレームワーク西田政之
株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO 人事ユニット 統括ディレクター
1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクター等を経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ 執行役員CHRO 兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。

 

カインズの組織変革のフレームワーク伴 雄峰
パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部 ディレクター 
2017年より現職にて、人事戦略策定、人事制度改革、人材開発体系構築、組織開発など多岐に渡るテーマのコンサルティングサービスを提供。それ以前は、ミスミグループ本社の人材企画・管理室の責任者や、NTTデータ経営研究所の組織・人財コンサルティング事業部門でコンサルティング業務などに従事。