植田日銀は金融政策「正常化」にいつ踏み切るのか、元審議委員・白井さゆり氏の展望Photo:Bloomberg/gettyimages

日本銀行はなぜ
実質利上げを急いだか

 日本銀行は今年7月、植田和男新総裁の下で初めて10年金利操作の柔軟化を行った。マイナス金利政策と10年金利の0%誘導目標を踏襲しつつ、10年金利の変動幅を0.5%から1%に引き上げたが、メドとして0.5%という数値を残した。

 ただこの曖昧さから、日銀の意図が1%まで変動幅を容認しているのか、あるいは0.5%から大きく乖離(かいり)させないよう低金利の維持を重視しているのかが分かりにくく、市場参加者によって解釈が大きく異なる結果となった。それが当日の為替の乱高下をもたらし、金利差が長期化するとみた為替市場で、一段と円安が加速する結果をもたらした。

 日銀は現在のインフレが、原材料・エネルギー価格高騰による(望ましくない)コストプッシュインフレであり、そうした価格は(世界的に)下落に転じているので、やがてインフレは低下すると説明してきた。一方、来年には賃金や物価の好循環にもとづく、(デマンドプルによる望ましい)インフレが起きるだろうが、この見通しには自信がないと説明し続けてきた。

 だとすれば、そうした好循環をもたらすデータを確認してから政策調整をすべきだし、それは早くても、来年半ばくらいだろうと筆者は予想していた。実際、コストプッシュインフレの下で実質消費は低迷しており、そうした中での7月の政策判断は、2%の安定的実現という見地からはこれまでの説明とはズレがあり、時期尚早だったようにも思われる。

 直前まで現状維持というシグナルを送りながら、サプライズで実質利上げを行った背景には、日本銀行の金融政策が三つの目的を同時に実現しようと努めたことがあるようだ。

 三つの目標とは、(1)「2%の安定的実現」、(2)「債券市場機能の改善」、(3)「過度な円安の是正」だ。政策としては、(1)では安定した低金利の維持、(2)では指し値オペの抑制、(3)では利上げが必要になる。このうち、(2)と(3)は変動幅の拡大によって実現できるのでお互いに矛盾しない。

 ただ、(2)の指し値オペについては、3月頃から実施せずに済んでおり、市場機能は少し改善していた。従って、7月の政策の意図は、(3)の過度な円安の是正のウエートを高めた、というのが多くの市場参加者の見立てだ。

 7月の対応が円安対応にあったとして、その意図に反してむしろ円安が一段と進んだのは、中途半端な政策調整だったことも原因である。だからこそより大胆な政策調整、つまり10年金利操作やマイナス金利の撤廃など、正常化に向けた明確な政策に向けた市場の期待が高まっている。

 本稿では、7月の政策調整の狙い、政策の内容の解釈のみならず、正常化する場合の望ましい手順について、筆者の見解を述べていきたい。