生活保護申請をした直後
突然亡くなったAさん“最期の姿”

 <2月中旬のある雨の夜、西日本の地方都市にある駅の改札から出てきたAさんは、太った体で、とてもつらそうに見えました。私はこのとき、Aさんとは初対面。共通の知人から簡単な状況を聞かされていただけでした。

 Aさんの話す言葉は“ろれつ”が回らず、聞き取るのに苦労しました。私たちが彼のために用意した民間住居に移動しようと、軽ワゴン車の後部座席に乗ろうとしても、なかなか体が入らない。やっと腰をかけても、シートベルトが届かないという状況です。呼吸が荒く、鼻息とも息ともわからない音がしていました。

 翌日も、Aさんの手伝いに戻り、買い物などを手伝いました。Aさんは、つらそうでした。

 近くのファミリーレストランで夕食をとったとき、Aさんはこう話していました。

「東京に戻っても住むところがないので、こちらで生活保護を申請します。そして体調を整えたら、働きたい。しばらく、この(用意された)住居に住みたいと思います」

 その間、住居の家賃は、生活保護費で支払うことを約束してくれました。

 3日後、役所まで生活保護の相談に付き添いました。担当者は、生まれたときからの状況、家族との関係、仕事や資産などについて聞いていました。

 転入届などの書類は揃っていませんでしたが、Aさんの様子を見た窓口担当者の勧めで、当日の申請となったのです。

 担当者からは「住民登録や戸籍を過去にさかのぼって調べること。生活費は7万円、家賃は4万円まで支給する。住む場所がない場合は、公共の施設に入ってもらう。認定されお金が出るまで2~3週間かかる」などの説明を受けました。

 Aさんは「施設での集団生活はできない」と答えていました。