第37作『男はつらいよ 幸福の青い鳥』
喧嘩になるも仲良くなるも言葉次第
封切日:1986年(昭和61年)12月20日
マドンナ:志穂美悦子
ゲスト:長渕剛、桜井センリ
主なロケ地:山口県萩、山口県下関、福岡県飯塚、神奈川県芦ノ湖
「幸せな男が、だんごとビール一緒に食うかい。」
あの長渕剛が「男はつらいよ」の世界に飛び込んできた。結果的にはユニークな「男はつらいよ」ができあがりました。
歌手や俳優として独自の地位を築いていた長渕剛が、「男はつらいよ」の世界に無理をして溶け込もうとしていない。そこがいいですね。
今回の名ゼリフは、寅さんと長渕剛演じる健吾との“対決”シーンで登場します。健吾が志穂美悦子演じる恋人・美保の行方を捜すため柴又を訪れ、偶然とらやに入ってくる。店番をしているのが寅さんです。健吾はキョロキョロと落ち着かない様子で周囲を見回しながら、「だんごとビール」という妙な組み合わせを注文します。
ただならぬ空気を察して、寅さんが話しかけるのですが、すごいのは寅さんの洞察力。健吾のグラスにビールを注ぎながら、こんなことを言うのです。
「人を捜してんのか。もちろん若い娘だな。失恋したか?」
すると健吾は、図星を突かれた顔をして、「なんでそんなことわかるんですか」と応じる。ここで観客の緊張感は最大値に達します。
どのような大喧嘩が始まるのかと身構えていると、
「幸せな男が、だんごとビール一緒に食うかい」
秀逸なセリフです。これで健吾のこわばった気持ちがすーっと溶ける。観客も安堵です。
普通だったら、「不幸せなやつは、やけ食いをするからな」と言えばいいところですが、「幸せな男」を主語にして裏返しているのが、寅さん流の粋な言い方です。
「まあ、それもそうだな」と健吾に思わせることで、二人の“対決”の空気は一気にゆるみます。喧嘩になるのも仲良くなるのも、言葉のチョイス次第で決まるのです。このあたりがさすが寅さんは人生の達人。
しかし、だんごとビールを一緒に口に放り込んでいる健吾の奇妙な行動は、外国人に伝わらないニュアンスです。どうしてと問われても合理的に答えるのは困難。「梅干しとうなぎは食い合わせが悪い」といった類いの日本文化の共通理解の上に成立しているセリフでもあるのです。