FP&A機能の進化モデル
日本電産のASSETプロセス

 次に、この経営の意思決定支援の進化の方向性について考えてみたいと思います。ここでは、具体的な事例として、日本電産在任中の2度目の構造改革である2012年度のWPR2(次回3回目に詳述します)の際に導入されたASSETプロセスについて説明をしたいと思います。

「ASSETプロセス」は、日本電産グループの資産(ASEET)である経営資源を最大限に活用して、構造改革をグローバルに同一手法で展開することを企図して、導入された5ステップのプロセスです。
「ASSETプロセス」のASSETは、構造改革の各プロセスの英語の頭文字
        A = Analysis(分析)
        S = Simulation(シミュレーション)
        S = Solution(解決策立案)
        E = Execution(実行)
        T = Turnaround(業績反転)
を表わします。

 前述のガートナーモデル(図表2-4)と比較対比すると、ASSETプロセスでは、ガートナーモデルの最初の2つ、「説明的分析」(第1段階)「何が起きたか?」と「診断分析」(第2段階)「なぜ起きたのか?」をひとつにまとめて「分析」としています。

 ところで、ガートナーモデルで分析力にたけている日本企業には2つの課題があることを前述しましたが、ASSETプロセスとの比較分析をしてみると、事業会社として求められる「経営は結果がすべて」を踏まえて最善の経営結果に結びつける「実行」(Execution)が加わり、課題は3つとなります。

 この3つの課題は、
 ・定量的予測を提供する「予測領域」への進化、
 ・経営トップや役員会等の社内顧客に対して、顧客志向による解決策提案の「提案領域」への進化         
 ・意思決定後、結果責任に基づく結果志向により全体最適の結果に導く「実行領域」への進化
 の3つの進化(「越えるべき3つの壁」)になります。

 CFOの業績結果責任の遂行プロセスは、「経営状況の定量的な分析と予測をもとに、状況変化に応じた具体的な数値目標や解決施策の提案を行ない、意思決定支援を行なう。意思決定後は結果責任を踏まえ、結果志向で実行推進者として、結果に結びつける。」と考えます。ASSETプロセスは、CFOの業績結果責任を遂行するプロセスでもあります。

 次に、欧米型CFO機能モデルにおいて、CFOの業績結果責任と経営の意思決定支援を支え、その高度化の中核を担うFP&Aについて、現状の課題と機能向上の方向性について考えてみたいと思います。図表2-10は、ロンドンに本部を置くFP&A Board(現FP&A Trends Group)というFP&A機能の普及と向上の活動をすすめる団体の講演資料を、使用許可を得て筆者が編集したものです。

 図表2-10に示される通り、CFO配下の機能の中で経営の意思決定支援の重要な役割を担うFP&Aへの将来の期待(TO BE)は、影響ある戦略家として、統合型計画プラットフォームをツールとして活用しながら効率よく能動的に未来予測を提供することです。

 FP&Aはビッグデータを取り扱いながら、経営者のリクエストに随時タイムリーにオンデマンドで応えて、リアルタイムの最新情報に基づきローリング・フォー・キャストを提供していきます。このように高効率な業務を遂行しながら、ビジネスパートナーとして経営に高付加価値をもたらす意思決定支援が期待されています。

 それに対して現状(AS IS)をみると、表計算ツールを駆使しながら集計担当の役割にとどまらざるを得ない状況です。予測業務の対象は、会計期間対応でスコープは広範ながら、表計算機能の制約からデータは管理可能なサイズ、そして分析もシンプルにとどまらざるを得ません。また経営環境が急変する際には、多くのケースの予測(シミュレーション)が求められますが、ツールの特性から手作業が多くなることから、非常に業務負荷が高まります。

 この将来期待(TO BE)と現状(AS IS)の間(ギャップ)が課題となりますが、ツールの現状は陳腐化が進み分析手法も不十分なため、FP&A部門にはフラストレーションもたまりがちになります。更に取り扱うデータ自体も信頼性(データインテグリティー)の課題を抱えており、伝統的な予算策定文化と従来の意識の中で非効率な業務を進めざるを得ず、モラルの低下やモチベーションの低下につながります。これらと労働市場の流動性の高まりを背景に、FP&A人財の定着と育成が課題となり、前述のような現状(AS IS)では、外部からの高度専門性のあるFP&A人財の採用も困難になります。

 これに対してグローバルに進んでいる企業の取り組みは、AIも活用したDXを推進し、AIや機械言語学習(マシンラーニング:ML)を活用した予測、主要変数ベースによる計画策定やシミュレーションを行っています。そして、シンプル・スピード・機敏性をキーワードに、戦略的なビジネスパートナーとして、経営者や社内の主要機能とコラボレーションを続け、モチベーション高く付加価値高い業務を推進しています。

 このようにグローバル企業のFP&A機能で先進事例と改善途上事例の格差は、今日も拡大しつつあると思います。これは日本企業の多くにも共通する課題であり、トレンドかと思いますが、FP&A Board(現FP&A Trends Group)はロンドンベースで主に欧米企業を対象にFP&A機能向上を目的とした活動を行っていることから、これは広くグローバル企業の課題になっていると言うことができると思います。