日本の重要な国家戦略となった「観光立国」だが、安倍政権はその道を切り開く際に、ここでも官僚の抵抗に直面した。「外国から犯罪者が大勢やって来る」といった反対論を展開する官僚もいる中、実現にこぎ着けることができたその軌跡を振り返る。(第99代内閣総理大臣/衆議院議員 菅 義偉)
「菅ちゃん、観光立国の
取りまとめをやってよ」
全国各地の観光地から、うれしい悲鳴が聞こえてくるようになった。新型コロナウイルスの感染拡大に対する水際対策で事実上「ほぼゼロ」になっていた訪日外国人の数が、対策の緩和を受けて急速に回復しているからだ。2023年7~9月の3カ月だけでも660万人を数えているのは、「観光立国」のために奔走してきた私としても実に喜ばしいことだ。
第2次安倍政権は政権として初めて、この観光立国を施政方針演説に盛り込んだ。政策の柱として観光、特に外国人観光客に日本を訪れてもらうインバウンドに力を入れることになったきっかけは、実に素朴な疑問だった。
政権が発足した12年、日本の外国人観光客数が830万人にとどまっていたのに対し、お隣の韓国は1000万人、タイや香港は2000万人を超えていた。観光資源で劣るとは思えないのに、なぜ日本を訪れる観光客はこんなに少ないのか、という疑問だ。
日本政府は観光行政に力を入れるべく03年から「ビジット・ジャパン・キャンペーン」事業を展開してきた。03年には520万人だった外国人観光客数が、05年には670万人と微増を続け、12年には830万人と着実に伸びてきてはいた。しかし、03年当時に掲げた「外国人観光客1000万人」には程遠い状況にあった。
そこで安倍政権は、政策の目玉の一つとして観光事業、特に訪日外国人を対象とするインバウンド促進に力を入れることにした。13年3月には首相の下に「観光立国推進閣僚会議」を設置した。
「菅ちゃん、観光立国の取りまとめをやってよ」
安倍晋三総理からそう指示を受けた私は、多くの専門家に話を聞くことから着手した。海外からの観光需要が伸び悩む原因として「島国だから」「物価が高い」「観光促進予算が少ない」などさまざまな理由が挙がったが、米ゴールドマン・サックスの元社員で現在は小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏から、全く違った切り口からの指摘がなされた。
「日本は観光立国に必要な4条件である自然・気候・文化・食、全て申し分なく兼ね備えています。それなのに外国人観光客が増えない理由は、ビザにあります」
つまりビザ発給の要件が厳し過ぎて、日本に来たくても来られないケースが多くあるのだという。この指摘には目からうろこが落ちる思いがした。
早速、ビザ要件を緩和できないか検討を始めたが、ここでも官僚の抵抗に直面することになった。ビザ発給を所管する外務省は是々非々、観光促進を担当する国土交通省と観光庁は緩和に前向きな一方、警察庁と法務省が「治安悪化の懸念」の観点から慎重ないし反対の立場を崩さなかったのだ。
「外国から犯罪者が大勢やって来て不法滞在者が増加してしまいます」。私はこうした意見を一蹴した。「犯罪を防ぐのが皆さんの役割ではないのか」と。