「日本人の命が懸かっているのに…」菅義偉が、官僚の“悪しき先例主義”の打破を誓った日アルジェリア人質事件で、現地に残る日本人と犠牲者の遺体の帰国支援へ出発する政府専用機(2013年1月22日) Photo:JIJI

「邦人の命が懸かった緊急事態なのに、できない理由ばかり挙げるな!」官僚たちにすさまじい剣幕で迫ったそのとき、私は「悪しき先例主義」に凝り固まった官僚組織に前例のない仕事を実行させることの難しさを改めて認識した。(第99代内閣総理大臣/衆議院議員 菅 義偉)

安倍政権の発足直後に起きた
「覚悟を試される」最初の試練

 第2次安倍政権発足からわずか3週間の2013年1月16日、官邸に緊張が走った。アルジェリアで、イスラム系の武装集団が天然ガス関連施設を襲撃、多数の従業員を人質にし、その中に日本企業の日揮(現・日揮ホールディングス)の従業員が含まれるとの第一報が入った。アルジェリア人質事件だ。

 最終的に、日本人10人が命を落とされるという大変痛ましい結果となった。テロリズムは許しがたい暴挙であり、犠牲になった方々のご冥福を心からお祈りする気持ちは、今も変わらない。この事件は、日本社会に大きな衝撃を与えるとともに、政府内においてもさまざまな課題を浮き彫りにする契機となった。

「危機突破内閣」を政権の柱に掲げる第2次安倍政権は、危機管理を特に重視していた。アルジェリアの事件は、まさにその危機管理の意志と能力、そして覚悟を試される最初の試練でもあったのだ。

 しかも事件当日、安倍晋三総理(当時)は東南アジア歴訪中で不在だった。総理には逐一状況を報告し、指示を仰いではいたが、総理の留守を預かる立場として、事実上、私が陣頭指揮を執らねばならなかった。その責任の重さと緊張感は、それまで経験してきたレベルをはるかに上回るものだった。

 事件発生の早い段階から、総理の了解を得て水面下で検討を進めていたのが、現地に残る邦人と犠牲者のご遺体の帰国支援だ。

 人質となった日揮の社員の皆さんは、日の丸を背負って日本へのエネルギー供給のために日々現地で汗を流された方々である。社員と犠牲者のご遺体の帰国支援には、従来、天皇、皇后両陛下や総理の輸送を行ってきた政府専用機を活用するのが至極当然のことだと考え、専用機の現地派遣を検討するよう指示を出していた。

 ところが、である。驚いたことに政府専用機の運用を所管する防衛省幹部が猛烈な抵抗を見せた。

「事前のテスト飛行をしていないので現地アルジェリアの空港に安全に離発着できる保証はありません」「飛行ルートにロシア上空が入るため、専用機を管轄する航空自衛隊が外務省を通じてロシア政府から飛行許可を取るのに、通常で1週間かかります」

 要するに、「前例にない」というわけだ。確かに前例はない。だが、この期に及んでそんな言い訳が通用するはずもない。