ジャニーズ帝国 最強ビジネスの終焉#16Photo:SANKEI

ジャニーズ帝国の崩壊は、群雄割拠する芸能事務所の序列構造を大きく変えそうだ。特集『ジャニーズ帝国 最強ビジネスの終焉』(全16回)の最終回では、芸能事務所の栄枯盛衰を振り返るとともに、ポストジャニーズの最右翼といえる事務所を紹介する。また、ジャニーズタレントの妻たちの所属事務所から浮かび上がる「事務所序列」の真相についても明かす。(ダイヤモンド編集部 下本菜実)

「週刊ダイヤモンド」2023年11月18日号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は雑誌掲載時のもの。

ジャニーズ事務所と渡り合う
芸能界の4人の“ドン”とは

“ドン”と呼ばれる存在が、芸能界には複数いる。故ジャニー喜多川氏は実力者だったが、むしろ、裏方としてプロデュースに専念していた。交渉事を担い、時にはほかの事務所に圧力をかけながら、“帝国”を築き上げたのは、彼の姉である故藤島メリー泰子氏だった。

 では、芸能界の“ドン”は誰なのか。重鎮の一人がワタナベエンターテインメント(旧渡辺プロダクション、1959年設立)の創業者、故渡辺晋氏の妻で元社長の美佐氏だ。

 晋氏は元ミュージシャンのコネクションを生かし、音楽興行「日劇ウエスタンカーニバル」を始める。これがロカビリーブームへと発展し、多数のミュージシャンを輩出。ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)は62年に、業務提携相手の会社として渡辺プロに間借りする形で出発した。

 同様に渡辺プロから独立したのが、ジャズミュージシャンとして活動していたホリプロ(63年設立)の堀威夫氏と、田辺エージェンシー(73年設立)の田邊昭知氏だ。

 そのホリプロからは、71年にバーニングプロダクションを起こした周防郁雄氏が独立している。周防氏は有能なマネジャーを積極的に独立させ、一大勢力を築き上げた。これら三つの事務所は芸能界で存在感が大きい。

 次ページでは、現在の芸能事務所の相関図を基に、「Mステドタキャン事件」などを代表とする激しい勢力争いの実態を明かす。また、ポストジャニーズの最右翼ともいえる有力候補を示すほか、木村佳乃や瀬戸朝香といったジャニーズタレントの妻たちの所属事務所から浮かぶ「事務所序列」も解説する。

図_エンターテインメント界の主な事務所(サンプル)