京セラ創業、KDDI躍進、JAL再建――稀代の名経営者、稲盛和夫は何を考えていたのか?
2つの世界的大企業、京セラとKDDIを創業し、JALを再生に導きますが、稲盛和夫の経営者人生は決して平坦なものではありませんでした。1970年代のオイルショックに始まり、1990年代のバブル崩壊、そして2000年代のリーマンショック。経営者として修羅場に置かれていたとき、稲盛和夫は何を考え、どう行動したのか。この度、1970年代から2010年代に至る膨大な講演から「稲盛経営論」の中核を成すエッセンスを抽出した『経営――稲盛和夫、原点を語る』が発売されます。刊行を記念して、本書の一部を特別に公開します。

「売れないものを売るのがプロ」ずば抜けて仕事ができる人の考え方Photo: Adobe Stock

「売れないものを売るのがプロ」稲盛和夫の哲学

 私どもはこれまで大手のアセンブリメーカーに製品を納めてきましたが、その一方で、鉱物結晶の研究を行っている関係で、その技術を用いて宝石をつくるようになりました。私どもは再結晶宝石と言っています。

 具体的には、クレサンベールというブランド名で、エメラルドやアレキサンドライト、最近ではルビーも出しています。本年中には、サファイアとその他二〜三の新しい宝石も出す予定です。

 天然のエメラルドは、最近では非常に品質が落ちており、クラックやキズの多くあるものが、天然と称して高く売られるという問題がありました。そこで私どもは、天然の宝石とまったく同じ化学成分と結晶構造をもったものを、人工的につくり出したわけです。

最初はまったく売れなかった

 ところが、それが売れるかと思いましたところ、予想に反してまったく売れず、「そういうまぎらわしいものが出てきて、安く売られたのでは、たいへん困る」ということで、天然のものよりも立派なのですが、天然宝石業界から総スカンを食らったわけです。私は技術屋ですから、いいものができさえすれば売れると思ったのですが、そうではなかったのです。

 ですから私は、今まで自分がやったことのない、一般消費者に直接売ることを決めました。天然の宝石とまったく同じものを人工的に再結晶させるというクリエイティブな技術開発をやったわけですが、それが市場に受け入れられないことになり、「天然宝石業界がまったく売ってくれないのなら、どうせ石も自分たちで独創的につくったのだから、マーケットも自分たちでつくってみよう」と考えたわけです。

 今までのマーケットは、まず天然宝石業界があり、その他はイミテーションの業界しかありませんでした。ところが、真珠においては、天然真珠、ガラス玉に色を塗ってつくったイミテーション真珠の他に、御木本幸吉さんという方が天然の貝に核を入れて育てた、養殖真珠というものがあり、合計で三種類の真珠があります。宝石では人工的につくったものの存在が認められていません。

 誰かがイノベーションを起こしても、それが偉大な人によるものでなければ、なかなか認められないということがよくあります。そうであるならば、人工的につくってはいるけれども、天然の宝石とまったく同じ組成をもつ宝石というマーケット・コンセプトを新しくつくればいいのではないかと思ったのです。つまり、「誰もつくらないのだから、自分でつくってやろう」という、ある意味では不遜な考えで始めたわけです。

 しかし、従来のように世界中の大手電子工業メーカーに製品を納めていればよかったのと違い、消費者に直接宝石を売っていくということで、今までに遭遇したことがなかった問題につき当たりました。当然、流通経路の問題がありますが、われわれがつくった再結晶宝石は、天然宝石の流通経路では扱ってくれません。扱いたいと言ってくる人も多くいましたが、ほとんどがインチキな感じのするわけのわからない人で、素性の確かな人は扱ってくれませんでした。