目標やビジョンなどを何度も繰り返して言うことも大事ですが、トップの意思とメンバーとを接続するためには、トップからの言葉を受け取ったメンバーの側の話を聴くことが重要になってきます。「ここまではわかったけれども、ここはピンとこない」とか「ここはこういう意味ですか?」とメンバーが話すのをリーダーの方はひたすら聴きます。するとメンバーの方は聴かれているうちに、もやもやしていたことが言葉になって、気持ちや考えが少しすっきりします。そこからビジョンへの1人1人の理解が進むようになります。

高い数値目標やスピード感、そしてまだ誰も見ていない世界観の実現が求められるスタートアップで、トップが見ている景色とメンバーが歩いていく道筋とを接続するには、やはりメンバーが「聴いてもらうこと」や「聴いてくれる人」がいることが必要です。聴いてもらうことで初めて、メンバーはわからないなりに考えを言葉にしていくことができ、トップが見るビジョンに近づいていくことができます。

ここまでの説明では、トップ直属のリーダーがメンバーの話を聴くことを前提にしましたが、より小さな規模のスタートアップでは、メンバー同士が互いに聴き合うことでもよいと思います。自社が目指す世界はどういうものなのか、それぞれが対話を繰り広げて、互いに支え、「大変だけどがんばろうね」と励まし合うということも、すごく効果のあることではないでしょうか。

仕組みとして「聴かれる」体験を作るには

スタートアップでは、創業者の強い思いをメンバーがその人なりに翻訳して共感し、理解する必要があります。それは1on1の場や組織の中で相互に聴き合い、それぞれが言葉にすることで担保されると思います。

私の知る、あるスタートアップでは、入社したときの歓迎の場で、長めの自己紹介をしてもらうそうです。いわば、その人のこれまでの人生について、全部語ってもらうというのです。自分がどういう歩みでこの会社まで来たのか、どのような経験からその会社のビジョンに共感するようになったのか、そういった話をまるまる15分から20分かけてする。すると、新しく入る人は自分の話をいったん全て、みんなに聴いてもらった状態でチームに入ることになります。これはスタートアップで、仕組みとして「聴かれる」体験を作る1つの例になるかと思います。

この会社では、入社時とは別に定期的にビジョンとミッションについて対話する機会も設けているそうです。そこで自分やほかの1人1人が、会社のビジョン、ミッションとつながり直す機会となるのです。こうした「じっくり聴いてもらう」体験と、自分と事業の思いとのつながりを確認する場があることは、特にスタートアップにとっては意味のあることではないでしょうか。