アンドリュー・チェンとは何者か?
日本ではあまり知られていない人物だと思うので、チェンについて少し紹介したい。チェンが地元のシアトルからサンフランシスコへと移ったのは2007年のことだった。SNSが登場し、スタートアップ熱が高まり始めていた頃である。だが、当時24歳のチェンはまだ駆け出しで、ネットワーク効果、ひいてはスタートアップについて何も知らなかった。
そこでチェンは「毎日新しい人に5人会う」という目標を掲げ、出会った人たちから学んだことを自身のブログ「andrewchen.com」に投稿し始めたのである。業界人が彼のブログに注目するようになるまで時間はかからなかった。「グロースハッカーが次のマーケティング・バイスプレジデント」などの記事は特に広く読まれ、彼の名前は業界中に広まったのである。
しばらくすると多くのスタートアップ起業家がチェンにアドバイスを求めるようになり、それをきっかけにチェンはAngelList、Dropbox、Product Hunt、Tinderなどの投資家やアドバイザーになった。そしてUberでドライバーグロースチームを率いたのち、2018年からa16zのパートナーになったのである。
こうしてチェンはシリコンバレーの中心地で10年以上も活躍してきたが、何度も繰り返し聞いているにもかかわらず、あやふやな使われ方しかされていない「ネットワーク効果」という言葉に疑問を持ったのだ。
「多くの人が使うほど価値が高まる」は本当か──ネットワーク効果の誤解
よく言われるネットワーク効果の定義は、「多くの人が使えば使うほど製品の価値が高まる」というものだ。そしてこれは「先行者有利」「勝者総取り」といったスタートアップ業界でよく使われる用語を裏付ける法則として引き合いに出される。
古典的なネットワーク効果の定義は、SNSを代表とするネットワーク製品のひとつの側面を表していることは確かだ。Uberならドライバーの数が多ければ多いほど、乗客はすぐにクルマに乗れるし、ドライバーもより多く稼げるのでサービスの価値は高くなる。この力がスタートアップの圧倒的な成長を後押ししていることには違いない。
けれど、この定義ではうまく説明できない部分もある。例えば、これに従えば、最初に最も多くのユーザーを獲得したサービスが市場を独占できるはずだ(つまり、先行者利益)。しかし、実際はGoogleやFacebookのように後発企業が圧倒的な勝利を収めた事例は少なくない。また1社が市場を独占できることもまれだ。例えばUberの場合、いくつかの市場では圧倒的なシェアを誇ったが、サンフランシスコなどいくつかの都市では競合のLyftと同程度のシェアだったとチェンは説明している。