「投資家が主人公で有名な映像作品は、『ハゲタカ』(NHK、後に映画化)くらいでしょうか。投資家という職業に対するパブリックイメージも、ビル・ゲイツ氏や孫正義氏などが、大きなお金を動かしている印象で、実態はよくわかりません。『スタンドUPスタート』は、問題を抱えていたり、社会でつまずいたりした人々が、1人の投資家と出会うことによって起業し、人生を変えていくところが、今までにありそうで実はなかったストーリーだと思いました」(狩野氏)
過去の栄光にすがる中年男性や、企業で働いたことのない専業主婦、、夢を語るだけで実際には踏み出せない若者、会社に切り捨てられたリストラ人材など、多くの登場人物が主人公・大陽との出会いによって、人生を再生させていく。
ドラマはあくまでフィクションであり、狩野氏自身も「実際には、必ずしも漫画のようにうまくはいかないでしょう。大陽のような“人間投資家”はファンタジーで、本来の投資家であれば、絶対に投資しないような人材に投資しますからね」と笑う。
「人は資産なり」の理念で、見方によっては荒唐無稽な投資をする展開もあるが、作品を観ている視聴者の反応には「地に足のついた事業計画」という評価が多い。原作者の福田秀氏、原作とドラマの監修を兼ねる上野豪氏との間で時に攻防はあるというが、原作の世界観を守りつつ、「成立しないビジネスプランはやらない」(狩野氏)スタンスだ。
スタートアップ業界や投資家については、上野氏の監修を軸に制作しているが、作中にはさまざまなビジネスが登場する。作中の事業計画に破綻がないかは、各業界の関係者に検証を確認するなど、物語の説得力を損なわないよう手間をかけている。
どん底から立ち上がる感情を丁寧に描く
ストーリーの基本構成は、事情やトラブルを抱えた“訳アリ人材”が大陽に出会い、起業(スタートアップ)していく展開。1話完結の要素もあり、どの回から観ても楽しめる構成となっている。
毎話、軸となる登場人物は、最初は置かれている状況や問題を直視できず、大陽の申し出を突っぱねる。しかし、それぞれがこれまでを振り返り、起業という再生への一歩を踏み出す決意をする。その決断のシーンには1つの“型”があり、雑踏の中で感情を爆発させ、切実な表情で叫ぶ心象風景の場面が印象的だ。
閉塞感や、一度失敗するとリカバリーできない雰囲気もある現代の社会。多様な方向性が存在する中で、起業も選択肢のひとつとして一般的になりつつある。例えば、第1話で人生を変えた林田利光(小手伸也さん)は、左遷されたとはいえ保険会社の部長職にいた。現状に甘んじていても、誰からも必要とされない。自分の存在価値に納得できていない気持ちを大陽に指摘され、逃避している問題を見つめ直す。