自分が2人居ればいいのに――忙しくて手が回らないとき、誰もが一度は「自分の分身が欲しい」と思ったことがあるのでは。その願望、もしかしたらかなうかもしれない。TwinLLM、つまり、大規模言語モデルによって自分の分身となるAIを開発しているスタートアップが日本にある。彼らが生みだそうとしているのは、映画「アイアンマン」に登場する“JARVIS”や“ドラえもん”のような存在のAIだ。(ノンフィクションライター 酒井真弓)
スイスCERN研究所のブラックホール研究者が、
日本でAIスタートアップを起業するまで
2023年3月創業のSpiral.AIは、自分の記憶や趣味嗜好(しこう)をコピーしたAIが、仕事や生活の相棒として共生する世界を目指し、TwinLLMの開発に取り組んでいる。
代表の佐々木雄一さんは、東京大学大学院で機械学習を専攻し、スイスのCERN研究所で、ブラックホールの研究やヒッグス粒子・超対称性粒子の探索に従事していた経験を持つ。Spiral.AIのミッションは、「世界の技術進化を10年加速する」。佐々木さんが10歳のとき、ふと降りてきた言葉だ。「僕がいるのといないのとで、世界の技術が10年分変わっていたらいいな」と思ったのだとか。
世界に爪痕を残すには、ブラックホールかタイムマシンをつくる必要がある。そう考えた佐々木さんは、CERN研究所でブラックホールを人工的につくり出す研究にいそしんだ。当初はLHC(大型ハドロン衝突型加速器)での生成が期待されていたものの、研究は困難を極めた。その後、ノーベル賞を受賞したヒッグス粒子・超対称性粒子の探索で成果を上げるも、3000人規模の研究チームの1人でしかなかったことが引っかかった。少数精鋭で世界の技術を10年進めるなら、AIしかないと確信した。
技術だけでは成し遂げられないこともあると知った。マッキンゼーに入社して、ヒリヒリしたビジネスの世界を目の当たりにした。2018年には、AIの社会実装を目指すAI開発者として、ニューラルポケット社の創業CTOに。わずか2年半でIPOを果たした。
日本人研究者の海外流出が叫ばれる中、佐々木さんはなぜ日本に戻ってきたのだろうか。
「研究における日本の存在感は、先進国でもかなり低下しているようです。CERN研究所では、一つの研究に数千億円規模の資金が投下され、あたかも会社のように運営されていました。日本ではこうした規模の投資が難しいと聞きます。王道の研究に真正面から取り組む体力がないのです。なぜ日本に戻ってきたんだろう……一つ言えるのは、ビジネスの世界に行くと決めていたから。研究者としてならまだしも、海外でビジネスを成功させる自信はありませんでした。それに、僕は(日本人研究者が17年連続で受賞している)イグ・ノーベル賞のような尖った研究も大好きです」