海外でも内視鏡AIは開発されているが、その多くは大腸ポリープに特化し、また静止画を対象にしたものがほとんどだ。だがAIメディカルサービスでは、早期の胃がん、それも動画での利用を想定したAIを開発しているのが特徴だ。同社の研究は、世界最大級の消化器系学会「DDW(Digestive Disease Week)」でも12本の演題に採択されているほか、複数の論文も発表しており、世界の医学界からの注目も高い。
“内視鏡のプロ”として抱える課題の解決に向けて起業
多田氏は現役の医師であり、2006年には埼玉県さいたま市に「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業。同診療所では、複数の医師により年間9000件の内視鏡検査を実施しており、多田氏はいわば内視鏡のプロともいえる人物。そんな人物がなぜ起業という道を選んだのか。そこには現役の医師だからこそわかる「課題」、そして同時に世界の医療に挑戦できるという「可能性」があった。
「現場で撮影される医療画像は、すでに専門医の処理能力を超えていたんです」(多田氏、以下同)
内視鏡検査の現状について、多田氏はこう話し始めた。かつての内視鏡検査では、フィルムを使った撮影をしていたこともあり、一度の検査で20枚程度の画像を撮影する程度だったという。だが今ではシステムが電子化され、ボタンひとつで画像を保存できるようになったため、撮影枚数も一度の検査で40枚から50枚程度と大幅に増えた。もちろん検査の精度は上がるが、最終的に確認するのは医師、つまり人間だ。その作業の負荷は大きなものになっていた。
そんな課題と「バチッとハマった」(多田氏)というのが、AIだった。2016年にAI研究者である東京大学の松尾豊教授の講演を聞き、AIに内視鏡検査画像を学習させることを思いついた。すぐに東京・神楽坂のマンションの一室を借りてAIメディカルサービスを起業。試験的にプロダクトの開発を始めた。2018年1月には、6mm以上の胃がんを98パーセント以上の確率で検知(1画像の検知はわずか0.02秒)することに成功した。「そうなったら実用化までやってみよう」と事業を本格化することになった。
AIは医師の仕事を奪わない、“優秀なアシスタント”になる
当初は医師からの反発も強かった。開発するAIに対して、「医師の仕事を奪うのか」という声も飛んできたという。だが実際のところ、今の内視鏡検査では10%から25%ほど、医師が見逃してしまう早期胃がんがあるのが実情。多田氏の開発するAIは、そんな人力での見落としを減らす、いわば“優秀なアシスタント”になるものだ。周囲の誤解を解きつつ、開発に注力した。