こうしてみると、「紫のゆかり」が意味するものは、光源氏の壮大な愛の物語、つまり『源氏物語』全体であり、全編を貫いた主題でもあるといえるのです。

 それでは、紫式部が「紫のゆかり」である紫の上に描いた愛のかたちを見ていきましょう。

光源氏にもっとも愛された『源氏物語』最大のヒロイン

『源氏物語』の作者紫式部の「紫」は、最大のヒロイン・紫の上からとられたとも言われています。「若紫」の巻から登場する紫の上は光源氏から愛された理想の女性だと言われますが、その人生は一筋縄ではいかないものでした。

 物語は、光源氏十八歳の春から始まります。

 その頃の光源氏は、愛する夕顔を物の怪のたたりで亡くし、そのショックから重い病気になるなど、不幸続きでした。そこで光源氏は、病気平癒の祈祷のために北山の僧のところに出かけていきました。光源氏が山辺を散歩していると、女の気配がする家があったので、垣根の隙間から中を窺ってみました。この辺りの行動は相変わらずの好色ぶりです。するとそこには色白で気品あふれた尼君(あまぎみ)と、めちゃくちゃかわいい少女がいました。

 この少女が、愛する藤壺にあまりにそっくりなので、光源氏は思わず涙を流して感動します。実は、この涙には深いわけがありました。

 光源氏は幼い頃に母・桐壺の更衣を亡くしたため母を理想化し、その結果マザコンと化しました。同様に、光源氏の父・桐壺帝も、愛する桐壺の更衣亡きあと、がっくりきて政治もおろそかになるほどでした。そこで、桐壺の更衣に瓜二つの藤壺を後妻に迎えて、また元気を取り戻したのです。

 問題はここからでした。マザコン光源氏は、成長するに及んで母とそっくりな義母・藤壺に恋してしまったのです。一方の藤壺も光源氏の求愛に心が動いてしまいます。夫よりも年齢的に近いということもありますが、あくまで義母と息子、禁断の恋です。