次々と失敗する再現実験の試み

彼らは元の研究の結果について、ストップウォッチで歩く時間を計った研究助手は、どの人がどのような行動を取るかという予想を知っており、それが計測に影響を与えたのではないかと示唆した。
再現実験のように赤外線を使って歩く速さを計測すると、そのようなプライミングが働かなくなるのだろうと考えられた。

それから2、3年のうちに、ほかの研究グループもマクベス効果と金銭のプライミングについて、より大規模で代表的なサンプルを使って再現しようとした。これらの試みは明らかに失敗した。

ただし、それだけで、さまざまなプライミングの実験結果が、カーネマンの言葉を借りれば「でっち上げ」だと言えるわけではない。あくまでも誠実に導き出されたものだと考えるべきだろう。では、「統計的なまぐれ」なのだろうか。そうかもしれない。

「単純に間違いだった」と認めたノーベル賞受賞者

ほかのプライミング研究も似たようなものだ。

ある研究は、「距離」のプライミング──グラフ用紙の離れた2か所に点を記す──を受けた参加者は友人や親戚とのあいだに「距離」を感じやすいと主張したが、2012年におこなわれた実験では再現できなかった。

道徳上のジレンマに関する文章を市松模様で縁取られた紙に印刷すると、参加者が偏った判断をしがちだと主張する研究もあったが、2018年の実験では再現できなかった。似たようなテーマでは、嫌悪感によるプライミングはより道徳的な判断を促すと主張した一連の研究が、2015年におこなわれた再検証で疑問が生じている。

カーネマンは後に、プライミング効果の科学的な確実性を強調しすぎたことは、自分の過ちだったと認めている。『ファスト&スロー』の刊行から6年後に、「あの章で提示した考えの実験的証拠は、執筆したときに私が信じていたより著しく弱かった」と述べている。

「単純に間違いだった。はやる気持ちを抑えなければならないことはわかっていた……だが、私はよく考えようとしなかった」。

しかし、数百万という人々がノーベル賞受賞者から、それらの研究を「信じるしかない」と告げられたのは事実である。

(本稿は、『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』の一部を抜粋・編集したものです)