限定的な環境の結果を「過大に主張」

たとえば、本の序文には、無意識の影響が「就職や交渉できる給与の額を左右することさえあり、あなたの雇用主になる人が手に持っている飲み物や座っている椅子の種類によって運命が決まる」と書かれている。

椅子については54人の参加者を対象に実験をおこなっている。
参加者がバーグのオフィスに入って、ある椅子に座ると、特定のタイプの人々は自分の人種差別的な態度を認めやすくなった。これはデスクの反対側にある小さめの椅子に座った人と比べて、その椅子に自分は強いと感じさせる「プライミング」効果があったからだという。
飲み物については41人の参加者を対象に実験をおこない、温かい飲み物をしばらく持った後は他人をより好意的に評価する傾向があり、まさに「温かい」気持ちを持つという。

ここでは(再現性に関する懸念は別にして)、どちらの研究も、「あなたの雇用主になる人」とは何の関係もないということに気づいていただきたい。

バーグは学部生を対象とした小規模な研究から導き出した知見を、検証されていない環境に単純に当てはめている
これは限定的な環境における結果を過大に主張するという典型的な例だ。この本においては、著者が、薄い証拠を膨らませているのである。

本来、複雑な科学と「本の簡潔さ」は相容れない

ポピュラーサイエンスの本の簡潔さは、「科学は複雑である」という事実と相容れない。

(これは本書にとっても今のところ耳が痛い事実なのだが)優秀なライターでも、科学の進歩の険しい道のりを魅力的に伝えることは難しい。
発見は矛盾と混乱を伴い、最良の証拠が新しいデータによって突然、覆されることもある。

しかし、そうした複雑さをわかりやすく表現して、複雑な現象に唯一の簡潔な原因と解決策があるかのように語ることが、科学の実際とは異なるイメージを助長する。

ポピュラーサイエンスが育んできた誇張された期待感は、残念ながら、科学の実践そのものに影響を与え始めているかもしれない。

(本稿は、『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』の一部を抜粋・編集したものです)