発達障害であることを伏せて
正社員採用された職場の居心地は

 その後また別の会社を経て、現在の天職だと語る職場にたどり着くこととなった。塾や予備校などで使用する参考書や教材を編集する仕事だ。もともと数学が好きで、数学を扱えるだけで嬉しいのだという。

 高校教科書の練習問題の模範解答がずらっと書かれた本や、学校の教師向けの指導書の作成、中学生向けの高校入試対策模擬試験の作成を行なっている。編集のみならず、ときには執筆や校正を行なうこともある。他にも、中学生向けの高校入試の指導書を作成したり、タブレット教材の制作にも関わっている。

 今の仕事で一番楽しいのは、自分が書いたものが本や模擬テストとなって製品になることだという。ここにはクローズで正社員として入社している。

「数学が好きだというのもあるのですが、すごく小さな会社で、上司である社長が穏やかな人だから続けられています。環境がとてもいいんです。もともと数学ができる人ってASD気質の人が多いので、そんなに私が浮いていないんです。これが英語や国語だったら浮いていたと思います」。

 なお、クローズで入社しているが、高橋さんは障害者手帳を持っている。障害者控除を受けるために経理に通す必要があるのではないかと尋ねると、会社側には発達障害ではなく、併発しているてんかんで手帳を持っていると伝えているのだという。

書影『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)
姫野 桂 著

 クローズで働いている最大の理由はやはりお金だ。障害者雇用の多くは低賃金である。以前、障害者雇用で働いていたときは幸い、親がワンルームマンションを購入してくれて、家賃の負担がなかった。そして今でもその部屋に住み続けている。

「私という人間は数学がなければ何もありません。発達障害があって、数学に秀でていたから今の職に就けたので、一概に発達障害が悪いとは思っていません。社長が元気なうちはずっとこの会社で働き続けたいです」

 天職と語る職業に恵まれた一方で、全く苦難がないわけではない。交際中の男性が詳細は話さずざっくりと「彼女は障害者だ」と男性の親に伝えたところ、「障害者の嫁なんていらない」と会わせてもらえなかったことがあったという。高橋さんは障害者差別を受けたことになる。少しでも障害についての理解が一般の人にも認知されることを願うばかりだ。