NHK大河ドラマ「光る君へ」の1月28日放送回に、後に藤原道長の妻となる倫子(りんし/ドラマではともこ)が猫を抱くシーンがあり、SNSで話題となった。倫子が猫を飼っていたか否かは史実では確認できないが、ドラマの舞台となった平安時代には、本当に猫とゆかりの深かったとされる人々(特に天皇たち)も少なくない。その裏側にはちょっと切ない理由があった――。(歴史ライター・編集プロダクション「ディラナダチ」代表 小林 明)
日本最古の猫日記を
書いた第59代・宇多天皇
平安時代の日本にも猫はいた。中国から渡来した貴重な猫は「唐猫」(からねこ)と呼ばれ、貴族・皇族たちに愛されていた。
『源氏物語 第34帖 若菜上』には、「からねこの いとちいさく をかしげなるを(唐猫がとても小さく、かわいらしいのを…)」とある。ちなみに、その唐猫は少し大きな猫に追いかけられ、思わぬハプニングとなる。事の顛末(てんまつ)はぜひ『源氏物語』をお読みいただきたい。
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源氏物語の一節は印象的だが、これより100年以上も前に、唐猫を丹念に記録した人物が別にいた。第59代・宇多天皇だ。在位は887(仁和3)年から897(寛平9)年。NHK大河ドラマ「光る君へ」に登場する「倫子」の曽祖父に当たる。宇多天皇の記録は日本最古の猫日記であり、現代のブログのように愛猫と過ごした日常が記述されている。
猫と日本人の歩みをエピソードでたどった『増補改訂 猫の日本史』(戎光祥出版)でも、宇多天皇の日記は極めてリアルかつ生き生きとした猫の様子がつづられていると高評価されている。同書を共同執筆した歴史作家の桐野作人氏は語る。
「猫愛好家のあいだでは、猫が『ニャー』と鳴くそぶりをしているはずなのに、なぜか声が聞こえない“サイレント・ミャオ”が有名ですが、1000年以上も前に、宇多天皇がそのしぐさを記しているのです。猫へ向けられた鋭い観察眼と、深い愛情を感じます」(桐野氏)
なお、当時の猫は「浅黒色也」(色は浅黒)が多かったというが、宇多天皇の猫は「此独深黒如墨」(墨のように漆黒)だった。
宇多天皇はそんな愛猫を注意深く観察し、「其伏臥時、団円不見足尾、宛如掘中之玄璧」(臥せると丸くなり足と尾が隠れて黒い玉となる)などと日記に書いた。
この姿勢はいわば、現代の愛猫家が言うところの「アンモニャイト」(化石のアンモナイトに似ているさま)である。宇多天皇は今から1000年以上前に、アンモニャイトの愛らしさに気付いていたのだ。
こうした猫への愛情は、宇多天皇亡き後、紫式部が『源氏物語』を書いた時代の貴族・皇族にも受け継がれていく。次ページ以降で、さらに詳しく解説しよう。