ベッドタウンから都内の職場まで通勤する働く母親にとって、日々の暮らしを便利にするクルマの使い方とはどのようなものか――それを確かめるために官民連携のEV(電気自動車)実証実験がさいたま市で行われた(3月31日まで)。

さいたま市は「次世代自動車・スマートエネルギー特区」に指定され、電気自動車(EV)普及施策「E-KIZUNA Project」を推進している。図はさいたま市内の充電ステーションマップ

 実験とは、市内在住の働く母親3人にホンダの「フィットEV」を無償貸与するもの(詳細は「エコカー大戦争!」第142回の記事を参照)。モニターの母親たちは、朝、EVで子どもを保育園に送ってから、イオン北浦和店に駐車してJR北浦和駅から電車で通勤。帰りもイオンでEVに乗り換えて、買い物や子どもの迎えを済ませてから帰宅する。EVの日中の空き時間はカーシェアリングに利用される。さいたま市のほか、ホンダ、イオンリテール、パーク24、NTT東日本の各社がこの実験に参加した。

 クルマなら保育園の送迎にも買い物にも自転車より安全かつ快適だし、イオンからJR北浦和駅までは徒歩10分ほどなので、パーク&ライドでの通勤もスムーズ。帰りの電車内から保育園にお迎え時間を連絡できるスマホアプリも用意され、母親が少しでも時間を節約できるように工夫されている。そうした細かな便利さを積み重ねて、母親が外に働きに出やすくすることもこの実験の狙いだ。そうした環境整備を進めることで、女性の社会進出を促し、ひいては日本経済の底上げにつなげたい、という。

 加えて、環境保護への期待もある。今回の実証実験では、夕方から翌朝までEVが自由に使えて、モニターの費用負担はゼロという好条件なので、単純には比較できないが、カーシェアリング・サービスの月額費用は約1万1500円と、マイカー保有よりも3万5000円も割安になる(日本モビリティ・マネジメント会議HPより)。その背景には、カーシェアリングだと走行距離が短くなる傾向がある。カーシェアリングの利便性を高めるような取り組みを社会全体で進めることで、環境に配慮し必要な分だけクルマを使うというライフスタイルもより受け入れられやすくなっていくだろう。

 行政主導でカーシェアリング環境が整備されているのがフランスのパリだ。2007年に始まった貸し自転車サービスVelib'の成功を受けて、2011年12月にAutolib'というサービスがEV250台(ステーションも同数)でスタートしている。最終的にはステーション1100ヵ所、EV3000台にまで拡充する計画だという。Autolib'の特徴はパリ市内を中心にステーション網が張りめぐらされていることで、それゆえに「乗り捨て」が可能となる。おかげで繁華街での駐車場待ちとも無縁となり、Velib'のステーションや鉄道駅の近くにステーションを設けることで、自宅からのアクセスの便宜も図られているという。

 ただしAutolib'の課題は運営費用だ。採算を取るためには10万人以上の登録者が必要と言われるが、自転車のVelib'でさえ登録者は16万人であることから、事業の採算性を疑問視する声が野党議員から上がっている。タクシーやレンタカーとの競合もあり、無駄な公共事業として頓挫する可能性もないとは言えない。

 その点でさいたま市の実証実験が対照的なのは、極力行政側の費用負担をかけないかたちで行われていることだ。「市役所は予算ゼロ、関係企業も持ち出しで努力していただいています」(さいたま市環境未来都市推進課澁谷信行氏)という。

 費用を圧縮するために、既存の設備の有効活用が図られている。イオン北浦和店の駐車場を活用することも、より多くの事業者を巻き込むことで、コストをビジネスチャンスに転化するねらいがある。じっさい、イオンでは母親たちがついでに買い物をしてくれることが期待できるし、広い駐車場の遊休スペースを活用すれば邪魔にもならない。

 パリ市のように大規模なカーシェアリングを自治体が提供することには困難も多いが、さいたま市の実証実験から見えてくるのは、行政と民間が手を組むことで低コストなシェアサービスを実現できる可能性だ。今後の、全国各地での取り組みにも期待したい。

(待兼音二郎/5時から作家塾(R)