老舗デパート出身の水野さんの
接客へのプロ意識に感心
その日は朝から、多くの支店で義援金の振り込み受付時に、同じように大量の硬貨を持参し、手数料を取られたと苦情が殺到したらしい。おそらく、ダメなものはダメと突っぱねたのだろう。ゆうちょ銀行が先んじて義援金の振込手数料と、通常は51枚から550円、101枚から825円、501枚から1100円かかる大量硬貨の窓口手数料を無料にするとプレス発表したことも、苦情の追い風になったようだ。
そこで我が行は、窓口での硬貨手数料免除を開始した。全国銀行協会は、会員銀行に硬貨手数料の免除を要請したことを1月25日付で公表したが、我が行はその要請に先んじて実施したものだった。
午後3時は閉店の時間。最後の来店客が帰り、静まり返ったロビーでゴミ箱の片付けをしていた水野さんに声をかけた。
「あ、課長。さっき大丈夫でしたか?振込手数料を取らないなんて、ご迷惑をかけてしまうのではと心配でした。どういう理由にしたんですか?」
「いや、ちょうど今日から義援金の場合は免除になったよ」
通達を見せた。
「ああ、よかった!うちの銀行もたまにはいいことしますね」
私の支店でロビー係のリーダーを任せている水野さんは、こんなエピソードからもうかがい知れる通り、来店客の立場に寄り添う気持ちを持っている。それもそのはず、水野さんは日本橋の老舗大手のデパートでインフォメーションスタッフを10年以上経験し、育児を機に退職した女性だ。
セカンドキャリアとして銀行のロビー担当を選んだ理由は、ただ接客が好きだからだとのこと。さらにキャリアアップのためではなく、自分の接客スキルがどの程度通用するかを知るために、サービス接遇検定の最上級となる1級を、3年かけて取得した。
目黒冬弥 著
私が水野さんの仕事ぶりを見て感心したのは、今回に限ったことではない。スマホの緊急地震速報が鳴るような大きな地震でなくても、建物の揺れを感じた際は、誰よりも早くヘルメットを配り、大きな声で周囲を落ち着かせるなど、プロ意識が徹底している。私は預金課長としていくつかの支店を渡り歩いたが、このようなロビーリーダーに出会ったことがなかった。
銀行という職場には、さまざまな人材がいる。意識の高い者もいれば、そうでない者も。しかし有事において、今の自分に何ができて、何をなすべきかを考え、正しく行動できる者は、それほど多くはない。能登半島地震が残した爪痕はまだまだ癒えることはないが、今の自分にできることを、ひとつでも見つけていきたいと思っている。
園児と訪れたお母さんが幼稚園に通っていたかもしれない頃、私は銀行員になった。つらいこともあった。喜びもあった。私はこの銀行に感謝することを忘れず、今日も勤務している。
(現役行員 目黒冬弥)