数千円の義援金に
銀行手数料が約2000円?

 さて、話を現在に戻そう。園児とお母さんが能登半島地震の義援金を私に預けてくれた後、ロビー担当の水野さんとのやりとりだ。

「目黒課長、今いいですか?あの親子、ほら、小さな女の子を連れている3番窓口の」

「ああ、知ってるよ。園児からの手紙もあったね。こういうの、いいよなあ…」

「そうなんです。なんでも幼稚園の保護者会で募った義援金だそうで…」

「そうだろうなあ…。それが何か?」

「大量硬貨手数料ですよ」

「ああ、大量…だなあ。え?あ、そうか!受け入れるのに手数料かかるんだよな」

 多くの銀行では窓口で硬貨を扱う際、「大量硬貨取扱手数料」を設けている。我が行は100枚までは無料だが、101枚からは550円、501枚からは1320円、1001枚からは1980円の手数料が発生。以降も500枚ごとに660円が加算される。なお、手数料の金額は銀行によって異なっている。

「どうしましょう?手数料の説明…しにくいですよね」

「そりゃあやぼだよな。被災者への義援金だっていうのに、その手数料でもうけている銀行なんざ、まずいよなあ。こんなのSNSにでも上がったら、何言われるかわからんぞ」

「手数料、無料にしちゃまずいですかね?」

 水野さんの発想は、行内の手続きとしては違反である。ただし、人としての考えであれば正しい。こういった黒か白か判断しづらいグレーのケースは、日常的にいくらでも発生する。それらに白黒をつけるために、窓口の課長は存在するのだ。今回の義援金が数千円で、そこから2000円近く銀行が手数料をもらうなんて、やはりおかしい。行内の手続きには反しても、義に反することではない。

「いいよ、無料で。手数料免除にしてあげてください」

 手数料の免除は、実はよくある話である。例えば、利用中のATMが故障してしまい、窓口で振り込みを行うときだ。ATMなら手数料がかからない、あるいは安く済んだ場合であれば、銀行は手数料を免除ないし減額する。

 一定金額の範囲では、課長クラスの権限で手数料を安くしたり、あるいは免除にしたりすることが可能だ。しかし、今回のケースはそれに該当しない。課長がその時の気分ひとつで手数料を安くしたり、特定の客に対して優遇したりするといった癒着を防ぐため、支店長が優遇した記録をチェックするといったけん制が敷かれている。

「さて、無料にした理由をなんて書こうかな…」

 日中業務に忙殺されながらも頭の片隅で気になっていた頃、社内のイントラネットの端末を経由して緊急の速報が回ってきた。

『窓口にて硬貨で義援金の振り込みを受け入れる際、枚数の多寡にかかわらず、大量硬貨手数料を免除とする』

 おお、よかった…。

 行内では、うその理由を書くことは「虚偽記載」「不実記載」などと言われ、服務規律違反とされる。社会のためによかれと思い行動しても、ちょっとしたくだらない理由付けのために大切なものを失ってしまうのも、銀行という業界が普通ではないと言われるゆえんだ。