「あちゃー!ダメっすかー」
二宮君が放った軽すぎる一言

『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記』の読者の中には、ここまで読み終え、次のセリフを思い出してくれた方もいるのではないだろうか。

「犬のしつけ方、知ってるか?まず横っ腹を思い切り蹴り上げる。そうすると人間は怖いんだってわかる」

 部下の指導方法として、堂島支店長が私に命じた言葉だ。オマエはガキどもになめられているのだ、1円でも多く稼ぐように容赦なく蹴り上げろと。

 八潮支店では行員たちは恐怖政治におびえ、支店内の全ての若手は無気力と化し、堂島支店長の顔色だけをうかがうようになった。そのような中で東日本大震災、2度目のシステム障害勃発を経て、私自身も予想外の人事処分を受けることになる…。これらのことは拙著に、あますところなく記してある。

「さて、どうしたもんかな…」

 二宮君へどう説明するか、再び悩みに陥った。翌日、今度は私が二宮君を呼び出した。応接室で対峙すると、私の方から切り出した。

「二宮君、あのさあ。昨日、相談してくれたボランティア休暇なんだけど」

「はい」

 二宮君が身を乗り出し、私の次の言葉を待つ。その目を見ていたら、とてもじゃないが昨夜の支店長の反応を伝えることができなくなった。

「キミがボランティアをしたいと思う気持ちはすごいなと思ったよ。そういう思いはあっても、なかなか行動できないぜ」

(い、いかん。何を言い出すんだ…)

「昨夜、支店長ともしっかり話したんだけど、支店の今の状況だと、融資事務をやってくれているキミが抜けるのは厳しいんだ。だから被災地に行かずに、何か別の形で今の自分にできることをやってくれないかな」

 二宮君が私を見つめる。しばらく沈黙が続くと、突然口を開いた。

「あちゃー!ですよねー!ダメっすかー。わっかりましたあー。おっしゃるように今の自分にできること、探します!」

「お、おう。すまんな」

「いいんですよお。なんか勢いで言っちゃっただけっす。彼女にも昨夜、止められたんすよ。はいー」

「そ、そうか。じゃあ、いいんだな」

「はいー。いろいろとすいませんでしたあ。失礼します」

 二宮君が出て行った応接室に、ひとり残された。

「なんなんだ、あの軽い感じ…」

 軽い感覚でボランティアなどと口走ったのか、それとも反対されたことを気丈に振る舞っているのかわからなかったが、二宮君は二度とボランティアを口に出すことはなかった。

「別の形で今の自分にできること」とは何だったのか。

 現地に行かなくても、支援の選択肢はあるはずだ。芸能人や政治家みたいに被災地で炊き出しをすることばかりが支援ではない。

 あれから13年たった今、二宮君はすでにこの銀行を退職している。シンガポールに本社を置くコンサル会社にいると聞いた。去年、二人目の子どもが生まれて3カ月の育児休暇を取得し、いわゆるイクメンをやっているそうだ。