情報に「思い」が入ると偏りが生まれ
普遍性を持たせることができない
鵜野 情報に「思い」が入ると偏りが生まれ、普遍性を持たせることができません。あるものすべてをそのまま出す、つまり、手元にあるデータだけを出す、という意味で「データハウス」と名付けました。
田原 思想を語るのではなく、データを世に問う。「あるものすべてをそのまま出す」というのは、選別しないで展示するまぼろし博覧会の思想にも通じますね。
データハウスの本は、田中角栄にまつわるエピソードや記事を集大成した『田中角栄データ集』や、故・上田哲氏(※)の著作もあれば、コミックやアニメ研究本、『ハッカーの学校』『ホワイトハッカーの学校』などハッキングの本など、時代をおもしろく切り取っていますね。
※元NHK職員でジャーナリスト/労働組合運動家/社会党議員。データハウスからは『戦後60年軍拡史』『社会党大好き!』等の著作がある
鵜野 今、出版というのは、「企画の良しあし」ではなく、有名人か大手メディアが関わるものでなければ、売れないのです。
田原 なぜでしょうか。
鵜野 大手マスコミは、ネットに流れているものしか取り上げませんからね。それ以外は無視されます。ですから今は、ネットに流れていなくてもニーズのある、(超難関といわれる)「東京大学理科三類」の受験本や、企業の情報セキュリティ部門にニーズのある「ハッキング」に関する本に絞って出しています。
田原 でも、週刊誌のスキャンダルは読まれますよね。
鵜野 それさえ、そのスキャンダルの内容がテレビやネットで流れれば、皆、買ってまで詳しく知りたいとは思いません。だいたいの内容さえわかれば、あとは次の新たなスキャンダルへ興味が移るだけです。
田原 昔は、週刊誌やテレビでも、ジャーナリスティックで批評的な内容のものを掲載したり、放映したりしていました。
鵜野 今は、話題になって、ネットに流通することしか取り上げないので、まじめな議論は成立しないんです。そうなると、「どこそこのお店が安くておいしい」といった内容ばかりを流すことになります。それも、本当においしいかどうかは問題ではなく、おもしろいシーンが録れて、有名人が来たということがバズれば、それでよしということになる。
大手マスコミがそのようにかじを切る中、人の目に触れないと存在を知られることもない出版活動は、やはり限界があります。
もちろん、出版活動は大事なことで、専門的なことをじっくり伝えるのには、本という形態がいいと思っています。でも、この先、一般書が幅広く売れるということはもうほとんどないでしょう。ネット社会の現代では、多くの人は自分が興味のあるものしか知ろうとしませんし、そうなると、社会への興味も薄れていく。
そこで、本でやっていたことを、ほかのフィールドでやってみようと、このまぼろし博覧会を始めたわけです。
田原 開館にいたった具体的なきっかけは何だったのですか。
鵜野 以前、トラからヤマネコまで野生のネコを完全網羅し、種の体形や生態などのデータを詳細に解説した『野生ネコの百科』という図鑑を出したことがありました。
そのときふと、実際のネコと触れ合いながら、図鑑の内容を学べる博物館があるといいかもしれないと思ったのです。さらに、世界中から剥製や模型を収集し、大英博物館にもない貴重な剥製なども見ることのできる博物館にしようと伊豆につくったのが、「ねこと触れ合いながら楽しく科学する」をキーワードにした「ねこの博物館」です。
次に、何か庶民の生活を反映した、何でもありの博物館をつくってみたいと思ったのです。それで、「レトロで可愛くてグロい」をキーワードに、昭和のファッションやレトロなおもちゃなどを展示した「怪しい少年少女博物館」を、2003年に、同じく伊豆につくりました。
収集品はどんどん増え続け、そこだけでは展示しきれなくなり、2011年、東日本大震災の年に、新たに土地を購入し、この「まぼろし博覧会」を開館したのです。
まぼろし博覧会というのは「お祭り」がテーマなんです。祭囃子(まつりばやし)を会場に流しているのはそのためです。何かと暗い話ばかりの世の中で、水滸伝に出てくる「梁山泊(りょうざんぱく)」のように、今の世の中をおかしいと思う人たちが社会の隅々から集まり、そこで気持ちを解放してもらう。そして、楽しい気持ちを忘れないまま、現実の世界で常識や伝統をぶち壊してくれるといいと思っています。
田原 たしかに、何をするにも、楽しい気持ちでというのは、本当に大事ですね。「得か損か」ばかりが重視されてきましたが、これまでの資本主義は限界を迎えています。これからは損得だけではない世界をつくっていかなければなりませんね。
鵜野 勝ち負けだけで判断するなんて、つまらないですからね。理想を持たなければいけないと思うんです。
田原 理想を持っていたはずのリベラル層も、今は昔に比べて衰退していますからね。
鵜野 共産党の言い分には同意できるところもありますが、組織として、あんなクソまじめな顔をして一生懸命やっていてもだめなんですよ。