「医療の常識が実はまったく無意味」というケースも
2019年にプラサドとシフらは3つの一流医学誌に掲載された3000件以上の論文を検証し、医療行為の常識を覆すような研究を少なくとも396件、突き止めた。ごく一部を紹介しよう。
■[アレルギー]ピーナツのアレルギーは死に至る危険が高く、親にアレルギーがあると子供も発症するリスクが高い。そこで長年にわたり、過去の研究にもとづいて、リスクのある子供には少なくとも3歳までピーナツを与えず、授乳中の母親もピーナツを避けるというガイドラインがあった。しかし、2015年におこなわれた質の高い無作為化試験により、この助言は完全に逆効果であるとわかった。リスクの高い子供のうち、生後早い時期にピーナツを食べて5歳までにアレルギーを発症したのは約2%だったのに対し、ピーナツを避けていた子供は約14%が発症したのだ。
■[心臓発作]いくつかの小規模な実験で、心停止の状態で体温を数度下げると命が助かる可能性が高くなることがわかり、これにもとづいたアドバイスが救急隊員向けのガイドラインに盛り込まれるようになった。しかし、2014年におこなわれた大規模な研究では生存率に差はなく、むしろ、病院へ搬送中に2回目の発作を起こす可能性を高めているかもしれないことがわかった。
■[脳卒中]従来の研究では脳卒中を起こした数日後から、できるだけ早く体を動かすことが望ましいとされてきた。この「早期離床」の概念は、多くの病院でガイドラインに記載されている。しかし、2015年におこなわれた大規模な無作為化試験では、早期離床が患者の転帰〔訳注:治療後の経過や結果〕を悪化させることがわかった。同様に、脳卒中患者に血小板輸血(血液凝固に関連する血球を補充する処置で、理論上はさらなる出血の予防に役立つ)をおこなうことが広く受け入れられてきたが、2016年の研究で、実は状況を悪化させることが明らかになった。
医師や治療のガイドラインを作成する人々が、質の低いエビデンスに頼ってしまうときもあることは理解できる。
代わりの選択肢の多くはエビデンスがまったくなく、彼らの仕事は今すぐに治療を必要としている患者を救うことだ。
そして、技術や方法論の進歩や資金の充実によって、科学者が数年前より優れた研究をおこなうことができるのは必然であり、それが科学の進歩というものだ。
しかし一方で、医学文献はつねに流動的で、大学で研究デザインを学んでいる学部生でも不十分だと認めるような質の低い研究と発表が、医師や患者を失望させてきた。再現性に乏しい元の実験の多くが発表された時点で、もっと良い方法があるとわかっていても、そのままにしてきたのだ。
“価値のない治療”を施された患者の行く末
医学研究の不確実性の深刻さは、文献全体を見ればよくわかる。
たとえば、医学的治療の質を体系的に評価している信頼性の高い慈善団体「コクレイン・コラボレーション」は、数多くの包括的なレビューを発表している。そして、彼らのレビューの実に45%が、検証した治療法が有効かどうかを判断するには十分な証拠がないと結論づけている。
科学的な裏づけがあるように「見えた」だけで、価値のない、ときには有害でさえある治療を医師がおこなったために、どれだけの患者が希望をふくらませ、苦しみ、あるいは死んでいったのだろうか。
(本稿は、『Science Fictions あなたが知らない科学の真実』の一部を抜粋・編集したものです)