毎日、仕事中もランチ中も自分のデスクに座っているわけですから、社内のごくごく限られたメンバーとしか会話していないということ。それじゃ、あまりにももったいない。せめてランチのときくらいは、社内のさまざまなメンバーと気軽にコミュニケーションを取ってほしい。そのほうが楽しいし、きっと「いいアイデア」も生まれると思うのです。
だから、僕は即座に「食堂をつくろう」と提案。目をつけたのが、お客さまのために、球場の中に整備していた「食堂」でした(球団事務所は球場に隣接)。
その「食堂」を使うのは、試合のある日だけだし、平日にデーゲームを行うこともまずありません。だったら、この「食堂」を「社員食堂」としても使えばいいと考えたわけです。「食堂」の設備はすでにありますから、話は早い。すぐに業者さんと相談して、あっという間に「社員食堂」をオープンすることができました。
我ながら、これが「大当たり」でした。
みんな喜んでくれましたし、食堂でみんなでワイワイご飯を食べることで、会社の雰囲気も明るくなりました。僕もなるべく食堂でご飯を食べるようにして、「どう? なんかいいアイデアある?」と声をかけたこともあって、僕に対して、なんとなくよそよそしかった社員たちの態度も、少しフレンドリーになったようにも感じました。
そして、そこから徐々に、僕と腹を割ってコミュニケーションを取ってくれる社員が増えていったように思います。組織が動き出したような感触があって、それがとても嬉しかったです。
「会社に行きたい」と思ってもらえているか?
僕には、もともと一つの確信がありました。
それは、リーダーになったら、真っ先に社員に喜んでもらうことをすべきだということ。「会社に行きたいな」「会社に来ると楽しいな」と思ってもらえるような環境を整えることが、何よりも大事だと思うのです。
これまで僕は、さまざまなオフィスにお邪魔してきましたが、大きく二つの職場に分けられると思っていました。快適な環境で、社員がイキイキと働いている職場と、なんとなく薄暗い雰囲気で、社員の元気もあまりないような職場の二つです。
そして、一時期は大きな利益を出していても、ブイブイ言わせてるのは社長だけで、社員は暗い雰囲気で働いているような会社はいずれ衰退していき、一時期は苦戦を強いられても、社員がイキイキとしている会社はいずれ大きく成長していく……。そんな法則が確実に働いているのを、この目で目撃してきたのです。
考えてみれば、当たり前のことです。
なぜなら、あらゆるビジネスはお客さまに喜んでいただくことで成長していきますが、お客さまを喜ばせるために働くのは社員たちにほかならないからです。つまり、お客さまを喜ばせるためには、まず社員に喜んでもらって、彼らの「やる気」を最大化させることが不可欠だと思います。
だから、会社を成長させたいのならば、まずは経営側から社員たちに「ギブ(投資)」するところから始める必要があります。そして、「社員のやる気」を高めることによって「成果」を上げてもらい、その「成果」に応じてさらに「ギブ」をするという好循環を生み出さなければならないのです。
新入社員に「アメリカ研修旅行」をさせた理由
僕は、これを忠実に実行してきました。
ヴィッセル神戸の社長に就任したときには、すぐにオフィスを移転しました。当時のオフィスはベイエリアのサッカースタジアムのそばにあり、スタジアムの運営には適したロケーションだったのですが、都心部から離れていたために、毎日の通勤には不便だったうえに、日当たりが悪かったせいか、オフィスが暗く感じられたからです。
そこで、楽天本社と掛け合って、神戸の都心部にあるビルに移転。日当たりがよすぎて、職場が暑くて困りましたが、そのおかげで雰囲気はかなり明るくなった気がしました。それに、都心部のおしゃれなオフィスに勤めることを、誇らしく思ってくれる社員もいたようです。
あるいは、楽天野球団の社長になって3年目に新卒採用を始めたのですが、彼らには全員、スポーツ・ビジネスの本場であるアメリカへ研修旅行に行かせていました。
1週間の滞在期間中に、大リーグのみならず、アメリカン・フットボールやバスケットなどさまざまなスポーツ・ビジネスの現場を視察したり、関係者へのヒアリングをしたりするのです。
そして、帰国後、レポートを発表させるとともに、楽天野球団で実施するアイデアを提案させ、ひとりにつきひとつは必ず実行してもらうわけです。
当然のことながら、これには経費がかかります。
旅費だってかかりますし、一件のアイデアを実行するためにも予算が必要なうえに、それが失敗すれば「損失」を出すことにもなります。だけど、そうしたコストをはるかに上回る効果を生み出すことができると思います。
だって、本場で行われているクオリティの高いサービスを目の当たりにし、その仕掛け人たちの生の声に触れることで、彼らの「感性」に圧倒的な刺激を与えることができるからです。
しかも、そこには必ず「感動」があるはずです。そして、その「感動」は一生もつかもしれないんです。その大きな効果を考えれば、これほど効率のいい投資はそうそうないと思うんです。
社員に対する「投資」を怠ってはいけない
もちろん、こうした「社員への投資」をすれば、100%リターンがあるとは言いません。なかには、「投資」をしても「やる気」を高めてくれない社員もいますし、「やる気」を出してくれても「成果」が伴わないことだってあります。
だけど、会社というものは、「人(社員)の集まり」ですから、その「人(社員)」に投資をすることなくして、リターンがもたらされることは100%ないと言うことはできると思います。
少なくとも、自分たちのために「投資」をしたリーダーに対して、歩み寄ろうとしてくれる社員は必ず現れます。そして、そういう社員たちと本気でコミュニケーションをとることで、必ず、会社を成長へと導く糸口は見つかると確信しています。
会社にとって最大の経営資源は「社員のやる気」です。
その経営資源を最大化するための「投資」をケチってはならないと思うのです。
(この記事は、『リーダーは偉くない。』の一部を抜粋・編集したものです)。