戦略なき戦略を支えてきた「勝手な使命感」
ヤマハ発動機 執行役員/クリエイティブ本部長
1967年福岡県生まれ。90年九州大学工学部を卒業後、ヤマハ発動機入社。モーターサイクル(MC)事業本部にてさまざまな役職を経て、2018年1月に同事業本部長に就任。同年3月執行役員。2021年3月上席執行役員。2022年1月にクリエイティブ本部長に就任し、製品・イノベーションに関わるデザインおよび企業ブランディングを統括する。
──「ハマる仕組み」って何でしょうか。
左脳に偏りがちな生活の中で、右脳をもっと活性化してあげるというか……。長くオートバイの設計に関わってきた当社執行役員の西田豊士(PF車両ユニット長)が、よく「バイクに乗ると右脳汁が出る」って言うんです。きついカーブで体をギリギリまで倒してコーナリングしてるときなんかに忘我の状態になると。そこまで危険なことをしなくても、作曲とかダンスとか、クリエイティブなことに没頭してると「フロー」状態になりやすい。ユーザーをそこにスムーズに導けたら、もっとポジティブに鍛錬にハマッていけるんじゃないでしょうか。
私はよく出社前にマウテンバイクで山に行くんですが、冬は氷点下3度とかでめちゃくちゃ寒かったりする。そんな環境で必死にペダルをこぐと、サウナに入らなくても「ととのいました」って状態になります(笑)。最初はしんどくても、ドーパミンとかβ-エンドルフィンといった脳の報酬系の神経系を活性化するホルモンが出てくると、気持ちよくなって、その感覚が忘れられなくなる。こういう感覚も、運動状態をセンサリングして「もうちょっと頑張ればととのいますよ!」といった形で導けるかもしれない。
──他人には苦行にしか見えないことでも、本人は楽しい。そういう意味では、「ハマる」ってクリエイティブですね。「ハマる楽しさを知っている」ことは、クリエイティブな人材に求められる資質と重なる気がします。
それはあります。デザイナーにはそういう「クリエイティブ脳」をぜひ鍛えてほしい。やっぱり、本当に感動するものを作るには、ただ造形するだけじゃなくて、人間性を探究しなきゃいけないと思うんですよ。私は開発を26年、事業を6年経験したんですが、開発ではロジカルなテクノロジー脳が鍛えられたし、事業では状況をジャッジするビジネス脳が鍛えられました。それに対して、デザイナー脳は感じて楽しまなきゃいけない。もっと言うと、楽しむだけじゃなくて「勝手な使命感」で行動してほしい。熱が欲しい。
──「勝手な使命感」って面白いですね。
それがうちの会社らしさなんですよ。上司の一方的な指示には反応が鈍いのに、勝手な使命感を帯びた途端にやりだす。ちょっと話は変わりますが、ヤマハ発動機って、アフリカ大陸54カ国のうち52カ国に事業を展開していて、特に船外機(小型船舶用外付けエンジン)はシェアが7割ぐらいの市場もあるんです。
──すごいですね。
でも、そうした規模の割に大きくもうかっているわけじゃない(笑)。なぜかというと、船外機を売るときに船のメンテナンスやメカニック、魚の取り方や保存方法までみっちり教育したりしてきたからです。ユーザー自らが日本で中古の船外機を買い付けて、そこから部品を取り出して延々と修理して使うようになってしまう。そうすると、こちらが思うようなリプレースの需要が発生しないわけです。自分たちのビジネスより目の前の人たちを見て動いてしまう。自分で言うのもなんですが、憎めない会社なんですよ。
以前、とあるコンサルティング会社が「60年間成長し続けて、180以上の国や地域に事業を展開できた戦略が知りたい」と、調査に来たことがあります。で、3カ月調査して、結局「よく分からない」と帰っていった(笑)。ダーウィンの進化論じゃないですけど「戦略なき戦略」なんです。使命感を帯びた人が勝手にやったことが広がって、生態系みたいになっている。オートバイ、マリン、ロボット、ヘリ……と、新しい事業が広がってきたのも、突然変異を許容する風土があったからだと思います。
もちろん戦略は大事です。その中でクリエイティブ本部としては、ヤマハらしさの軸を担いたい。ヤマハ発動機という会社のこういう「面白さ」や「生き様」を体現する存在でありたいんですよね。
──そう聞くと、先ほど(前編)のコミュニティづくりも、ヤマハ発動機がこれまで育んできた生態系をより豊かに育てる活動ということで納得感があります。
他社が四輪や重工業といった二輪以外の柱を持っているのに比べたら、うちの会社は小規模です。二輪が大きな売り上げを担うヤマハ発動機が他社と同じことをしても確実に負けます。常に新しいコンセプトで新しい市場を開拓しないといけない。開拓しても根こそぎ奪われるかもしれないけど、少なくともチャレンジし続けたい。そういう会社であるために、クリエイティブ本部は冒険しないといかん。これも「勝手な使命感」ですが、そう思っています。