三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第68回は「長生きリスク」の対処法や、年金繰り下げの「損益分岐点」という考え方への違和感を論じる。
「長生きリスク」の対処法とは?
ホリエモンこと堀江貴文は不可能に見えるアイデアにこそ大きなイノベーションが潜んでいると語る。不老不死ビジネスを提唱し、投資を呼びかける中川はこれまでの平均余命の大幅な伸びや生物学の最新の知見をもとに「実現できる」と力説する。
不老不死は長く人類が追い求めてきた夢だ。一方、マネープランの上では「予想外の長生き」は大きな不確定要素になる。個人的には好きではない用語だが、いわゆる「長生きリスク」は対処が難しいテーマだ。
長生きしすぎて老後の蓄えが枯渇してしまう――ごく単純化すれば、これが長生きリスクの本質だ。日本人の平均余命は男性が約81歳、女性が約87歳。男性でも4人に1人、女性は2人に1人が90歳以上まで生きる時代。もっとも、喜ばしいはずの長生きをリスクと呼ぶのは妙な話で、繰り返しになるが、私はこの言葉を好まない。
長生きリスクに対しては一応、教科書的な対処法がある。できるだけ長く働くことと、公的年金の受給をできるだけ遅らせることが柱になる。
公的年金は受け取る年齢を遅らせるほど、その後の支給額が増える仕組みになっている。75歳まで繰り下げれば、65歳から受給をはじめる場合に比べて年金は8割強増える。この上積みは終身、つまり死ぬまで続く。
公的年金という最終ランナーの余力を高めるために、できるだけ長く働き、確定拠出年金やNISA(少額投資非課税制度)などで作った資産を活用してつなぎ期間を乗り切る。これが基本戦略だ。
年金繰り下げ、早死にすると丸損?
この受給繰り下げ作戦には、「早死にしたら年金がもらえないから丸損」「かなり長生きしないと受け取る総額が減る」という考え方がある。たとえば75歳まで繰り下げた場合、「損益分岐点」は約87歳。それより早く死ねば、65歳からもらっておいた方が受け取る年金の合計額は多くなる。男性の平均余命を考えると、「もらい損ね」の可能性は低くない。
ただ、この損得勘定の視点は、気持ちは分からないではないのだが、「保険」という公的年金の本質から考えるとちょっと的外れだと私は考える。
「想定より早く死んだら」という懸念が現実になっても、その時、「損した」と感じる自分はこの世にいない。お金は墓場まで持っていけない。残される家族が気がかり、というケースはあるかもしれないが、それはまた別の心配事だろう。
逆に想定より長生きできたのなら、死ぬまで受給できる公的年金は保険として頼りになる。
最後に年初に亡くなった大江英樹さんが話していた「持ちネタ」を紹介しよう。講演の初めに「老後が不安な方」と聞くと一斉に手が挙がる。次に「では自分が引退後に年金がいくらもらえるか知っている方」と聞くと、ほとんどが首をかしげる。大江さんは「そうですか、皆さん、不安だけど、老後に関心はないんですね」と笑いをとるのが常だったという。
長生きリスクは誰もが抱える問題だが、「備え」にばかり気が向かうのは本末転倒だ。まず頼りになる保険である公的年金の仕組みを知り、「受給額を目減りさせない・増やす」を意識することをお勧めする。