関係ないのに、言論機関に八つ当たりするワケ
2012年、人気コミック「黒子のバスケ」の作者や作品の関係先を標的に無数の脅迫状が送られ、イベントの中止や商品の撤去に追い込まれるという事件があった。では、この犯人は作品に対する不満や作者に対する私怨からこのような「脅迫」をしたのかというと、そうではない。事件の公判を傍聴した月刊「創」の篠田博之編集長は、こう解説している。
《脅迫事件は、自分とあまりにもかけ離れた成功者である「黒子のバスケ」作者へのねたみから、自殺の道づれにしてやろう、せめて一太刀浴びせて死んでいこうと考えてのことでした》
背景を解説すると、実はこの脅迫犯は、幼い時に親から暴力や虐待を受け、学校ではいじめに遭うなど不幸な生育環境で、自分の人生に悲観していた。つまり、時折発生する「死刑になりたかった」的なことを動機とする通り魔犯の「拡大自殺」と同じような「八つ当たり的な脅迫」だった。
実は「出版社への脅迫」の中でも、こういうケースは珍しいことではない。
例えば、今から20年以上前、さまざまな出版社に脅迫を1000件以上したとして逮捕された30代男性がいて当時話題になった。報道によれば、この人は大学卒業後、ずっと無職で母親が所有していたアパートの一室で悶々とした毎日を送っていたという。彼もまた「黒子のバスケ」の脅迫犯同様、うまくいかない自分の人生への不満や、社会を逆恨みした負の感情を「言論機関」に八つ当たりしていた可能性が高い。
筆者がこれまで会った「脅迫者」にも似た傾向の人が少なくなかった。自分の人生がうまくいかないのはこれが悪い、あいつが悪いという「他責」の考えが非常に強く、「力」によって何か大きなことを成し遂げて現状を変えたいという気持ちが、言葉の端々から感じられた。
そのマグマのようにたまった怒りや不満が、「脅迫」のモチベーションになっている可能性は高い。彼らにとって「間違った話をふれ回っている」ように見える出版社は、「正義の暴力」を行使していい存在だ。世の中に不満がある人々にとって、これほどストレス発散になるサンドバッグはあるまい。
今回のあまりに理不尽な脅迫を見ていると、同じように社会に不満を持つ人々の「八つ当たり」の可能性もゼロではあるまい。