アメリカ企業やコンサルではなく
身近な優良日本企業に倣うべし
このように主張すると、「いやカイゼンとイノベーションは違う」とか「カイゼンは両利きの経営とは関係ない」という反応が返ってくることもある。では、両利きの経営の生みの親であるオライリー教授とタッシュマン教授はどう主張しているか、さっそく確認してみよう。
実は彼らは、2013年に『Academy of Management Perspectives』誌に発表した論文の329頁において、トヨタ生産方式が両利きの経営の最も分かりやすい例(most visible illustration)だと述べているのである。
カイゼン活動において作業者が自動車を組み立てるという既存の知識の活用と、作業をより効率的なものに変化させるという知識の探索との両利きの経営をおこなっているというのだ。
なお、彼らは、生産のフレキシビリティを向上させるのも知識の探索やイノベーションだとしているので、前述の「変種変量ライン」はまさにその好例である。
もちろん「それは日本企業の中でも良い企業に限られる。大抵の日本企業はそんな先端的ではない」という反論はありうる。
しかし、それはアメリカ企業も同じである。
基本的に、見本とされている企業は、その本拠地が日本であろうとアメリカであろうと世界のどこか別の国であろうと、良い企業だから取り上げられたのである。
そうだとすれば、日本にもアメリカにも(その他の国にも)優れた企業とそうでない企業とがあるのだから、どこかの国の企業から一方的に学ばなければいけないということにはならない。むしろ、自国の中に優れているとされた企業があるのなら、地理的にも言語的にも文化的にも距離の近い自国の企業から学んだ方が、効率がいい。
岩尾俊兵 著
いずれにせよ日本企業の少なくとも一部は、既存の知識の深耕・深化と新しい知識の探索とをうまく両立させてきた。その意味では両利きの経営のお手本となるような企業もあるのである。
それならば、両利きの経営を学ぶために最初に訪問すべきはアメリカ企業でもなければ、ましてやコンサルタントの綺麗なオフィスでもない。日本の製造現場なのである。
古代東洋の知恵である『戦国策』でいえば「まず隗より始めよ」である。
この基本を忘れてしまうと、ほんの身近にある優れた手本が見えなくなってしまう。