ヤクルトの選手・コーチ・監督を務め
「小さな大打者」と呼ばれた若松勉
札幌市豊平区にある。2025年には創立140周年を迎える。北海道の私立高校の名門だ。卒業生は約4万3000人を数え、実業家、学者、文化人、スポーツ選手など多くの優れた人物を送り出している。
北海高校硬式野球部は、夏の甲子園大会(全国高校野球選手権大会)で全国最多出場を誇っている。2023年夏の第105回大会までで通算40回、出場している。松商学園(私立・長野県松本市)の37回を上回る。
24年春の第96回選抜高校野球大会には、3年ぶりに出場、通算で14度目になった。24年3月22日に行われた初戦では、大阪桐蔭高校と戦って1-7で敗れた。
北海道から甲子園までは飛行機移動が欠かせず、応援団の費用負担は大きい。23年夏と24年春の大会で北海高校では、インターネット上の「クラウドファンディング」を活用して寄付を募った。
硬式野球部は1901年に創部した。全国優勝こそないものの、最近では2016年夏に準優勝、17年夏には3年連続の甲子園出場を果たした。「守備からリズムをつくる野球」をモットーとしてきた。
多くのプロ野球選手を輩出しているが、その代表格はヤクルトの選手、コーチ、監督を務めた若松勉だ。北海道留萌市出身で、北海高校から電電北海道を経て1970年にドラフト3位でヤクルト入りした。
ヤクルト一筋19年、42歳まで外野手として現役を全うした。168センチメートルと小柄ながら首位打者2回、生涯打率0.319、通算安打数2173を残し、「小さな大打者」と呼ばれ、野球殿堂入りしている。
引退後は野球解説者などを務め、ヤクルトコーチなどを経て1999年から2005年まで監督を務めた。7年間で「日本一を1回」という結果を残した。
プロ野球の各球団にOB選手が入団しており、その数は延べ30人以上になる。例えば、日本ハム、巨人で投手を務める鍵谷陽平などもOBだ。
巨人で外野手としてプレーした堀田一郎は、北海高校時代に夏の甲子園に出場した。その長男・晄大(こうだい)も23年夏の甲子園大会で北海高校(3年生)の外野手として出場、親子2代が夢の舞台でプレーすることができた。