要因2:「低価格車の開発を止め、
ロボタクシーに注力」報道

 実はこの価格競争の激化までは投資家にとっては織り込み済みの要因でした。

 ところが、4月5日に投資家を驚かせるニュースが飛び込んできます。テスラの社内で低価格車の開発計画を中止することが発表されたという報道です。

 それは公式発表ではなく、複数の従業員からの証言で社内でそのような決定が行われたことをロイターがスクープしたものでした。

 報道によれば、多くの社員が参加した2月の会議でその決定が下されたといいます。中国とのEV競争が激化する中で、利益率の低い低価格車の開発計画はいったん中止したうえで、会社としては収益性が高いロボタクシーに注力するというのです。

 テスラの社内で製造コストが売れ筋のモデル3やモデルYの約半分となる低価格車の開発が進んでいたことは周知の事実でした。投資家の間ではモデル2と呼ばれるコンパクトカーになるだろうと予想されていました。メキシコに建設されるギガファクトリーはその布石で、近い将来、中国車との競争に向けたテスラの小型車が出現することが投資家からは期待されていたのです。

 それを中止するというのが4月5日の報道でした。

 価格競争が激化することでメーカーが低価格市場から撤退するという行動はさまざまな市場でよくみられる企業行動です。コンパクトカーはヨーロッパ市場などで人気はありますが価格は安くあまり儲かりません。それを止めて利幅が大きい高価格の製品に集中すれば利益率が高くなるのです。

 しかし経営学の世界で有名な「イノベーションのジレンマ」という経営理論が広まって以降、このような戦略はイノベーションで急拡大するEVのような市場では逆効果になることがわかってきました。

 パソコンがわかりやすい例です。かつてパソコンの世界では日本のパソコンメーカーは大きな競争力をもっていました。ところが技術革新でパソコンの価格は年々低下していきます。ある時点から日本のパソコンメーカーはそのような価格競争を嫌って中高価格帯のパソコンに力を入れるようになります。

 そうなると低価格パソコン市場は新興のパソコンメーカーに支配されるようになります。低価格パソコン市場はパソコン市場全体の中でも販売台数が一番大きいことから、その市場を抑えた新興メーカーは累積生産量効果でさらにコストの低いパソコンを生産できるようになります。

 すると新興メーカーは中価格帯市場でも価格の安いパソコンを投入するようになり、日本メーカーはその競争を避けるためにさらに上のプレミアム価格帯の市場に主力を移すようになる。

 このようなことを続けるうちに日本メーカーはパソコン市場でのコスト競争力を失ってしまいました。これが「イノベーションのジレンマ」という理論で、市場に破壊的イノベーションが起きているときには「そこから逃げるのは愚策だ」と考えられるようになったのです。

 もし報道が正しいとしたらテスラが低価格車の開発を中止したのであれば、まさにテスラはイノベーションのジレンマの呪いに憑りつかれたことになります。

 テスラではModel 3よりも利益が稼げる高級車として昨年秋にサイバートラックを発売しています。

 これはアメリカで需要の多いピックアップトラック市場を狙った高価格の戦略商品でしたが、悪いことは重なるもので、初期に販売したサイバートラックの3900台がリコールになりました。アクセルペダルの不具合で意図せず加速する可能性があるということです。

 そこに全世界の従業員を10%削減するという報道も重なり、ここまでの一連の情報から株式市場では「テスラの業績はこれから悪くなるだけでなく、中国車に負けるのではないか」と判断され、株価が大きく下落していたのです。