そこで山中伸弥先生は、どんな細胞でも自分の好きな細胞にできるようにiPS細胞というものを考案したのです。最初は線維芽細胞という細胞で実験を行いました。これは皮膚の細胞だと考えてください。そこに4つの遺伝子Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycを導入しました。

 遺伝子はウイルスベクターというものに連結して細胞に導入します。そうすると細胞の中で遺伝子が発現します。つまり、4つの遺伝子からタンパク質が作られます。そうするとES細胞や胚性幹細胞に非常に似た、将来、何にでもなりうる細胞ができることを発見したのです。あとは刺激を与えて、望む細胞に分化させていくというやり方です。

 しかし、ES細胞は他人から卵を採取しますので、これには他人の細胞のタンパク質が入っています。当然、拒絶反応があります。それを防ぐために除核の作業をしたのでした。もう1つの大きな問題は、女性から卵をもらう点です。未受精卵をもらわなければいけないので、倫理的に問題があることは当然です。一方iPS細胞は、簡便だし、何にでも変化しうる、しかもどれだけでも増える、というように非常に都合が良いのですが、がんになる可能性もある。現実的には、ES細胞より体性幹細胞やiPS細胞の方が問題がなくていいことが分かると思います。

浮上するiPS細胞の問題点
扱いに困るがん遺伝子

 そうしますと、iPS細胞がこの中で一番応用が利く気がします。しかしこの4つの遺伝子のうち、c-Mycという遺伝子はがん遺伝子なのです。この遺伝子は細胞を増殖させる遺伝子で、これが変異するとがんになってしまうという危ない遺伝子ですから、それ以外の遺伝子で代替できないかということは誰でも考えます。この研究は、多くのところで行われています。

 そこで、c-Mycを除いたOct3/4、Sox2、Klf4 という3つの遺伝子を、老化する動物に導入したらどうなるかという実験が行われました。早老症という非常に早く老化する病気のモデルがあります。このモデルマウスにc-Myc以外の3つの遺伝子を入れたら、早老症が改善したという研究が発表されました。これはすごいですね。老化を防ぐ根本的な研究になる可能性があります。

 つまり、iPS細胞を使って老化を治そうという大胆なやり方です。さすがにアメリカ人は目の付けどころが違っていて、アマゾンドットコムのジェフ・ベゾスという人がこれらの遺伝子を、老化マウスに入れたらどうなるかという実験を長い間行っていたのです。普通、遺伝子を入れるとその遺伝子がずっと発現します。ずっと発現すると、マウスは数日後に死ぬのです。マウスに遺伝子を導入するというとんでもない実験を行ったのです。